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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて60

 四界会議から一ヶ月後。  麗らかな昼下がり、私は魔王の居城にあるガラス張りのサロンですごしていました。  ソファに座っている私の隣にはクロードがちょこんと座って書物を読んでいます。しかも僅かに体を傾けてさり気なく凭れかかってきていました。これって無意識ですよね。この子はいつも澄ました顔でいますが無自覚の甘えん坊さんなのです。  やはり兄が二人もいるからでしょうね。  同じ甘えん坊さんでもゼロスの場合は『ぼく、あまえんぼうさんなの!』と甘えたい気持ちを自覚していました。  でもクロードの場合は甘えたいと口に出さなくても、その前に甘やかされるというか、構ってもらえるというか。だから自覚する前に二人の兄が先に気付いてくれるのです。 「クロード、難しそうな本ですね。分からないところはありませんか?」 「だいじょうぶです。イスラにーさまとゼロスにーさまがおしえてくれてます」 「そうですか、良かったですね」  五歳児が読むには難しそうな書物ですが、分からない文章があるとイスラやゼロスに教えてもらっていたようです。  イスラもゼロスもそれぞれ書物を読んだり紅茶を飲んだり思い思いのことをしていますが、クロードが困ってしまうと気付いてくれるのですね。  穏やかな三兄弟の姿に目を細めます。  四界会議が開催された第三国ではトラブルもありましたが、家族で海水浴という楽しい思い出もできました。今思い出しても頬がゆるゆると綻びます。 「ハウスト、紅茶のおかわりはいかがですか?」  ハウストに声を掛けました。  彼は一人掛けのチェアで書物を読んでいます。目の前のカップの中は少なくなっていました。  専属の給仕はいますが、家族の憩いの時間では給仕に下がってもらっているのです。  でもハウストは私に凭れているクロードに気付くと苦笑して立ち上がります。 「ありがとう。だが俺が淹れてこよう」 「え、でも」 「座ってろ。茶葉はいつものでいいな?」 「はい、ありがとうございます。あなたの淹れてくれた紅茶はおいしいので嬉しいです」 「お前には負ける」  そう言ってハウストは歩いて行こうとしましたが。 「父上、僕もおかわり~」 「俺も頼む」  ゼロスとイスラがついでとばかりにお願いしました。  でもハウストの目が据わります。もちろん答えは一つ。 「ふざけるな。お前らは自分でしろ」 「えー、ついでなのに」 「ケチだな」  分かっていた答えにイスラとゼロスが渋々ながらも立ち上がりました。  こうして三人が給仕用のワゴンで紅茶を淹れます。  華やかな装飾の大きなワゴンですが、魔王と勇者と冥王が囲むとなんだか異様な光景ですね。 「父上、そこの砂糖とって。ついでに生クリームも」 「ほら。……おい、それ入れすぎじゃないのか?」 「だいじょーぶ。この茶葉はこれくらい入れる方がおいしいんだって」 「お子様だな。お前には丁度いい」 「兄上までそういうこと言う。どうしてこの良さが分かんないかなあ。そんなに言うなら父上と兄上のも入れてあげようか?」 「やめろ、余計なことするな」 「自分のだけにしろ」 「ええ~、甘いのがおいしいのに~」  イスラとハウストが阻止してポットの紅茶を守っています。  ゼロスは不満そうに唇を尖らせながらも自分好みに調節しました。甘党なのは子どもの頃から変わっていませんね。  カチャカチャカチャカチャ。  三人でああでもないこうでもないと寄ってたかって紅茶を淹れる姿はまるでもみ合いのようですね。笑ってはいけないのですが三人のその後ろ姿に笑ってしまいそう。  ふとイスラがなにかに気付いたようでハウストの手元を覗き込みます。 「おい、蒸らす時間短くないか? ブレイラはもっと長い方がいいだろ」 「この時間で間違いない。ブレイラは俺の淹れる紅茶は美味いといっている。だからこれが正解だ」 「ブレイラは優しいからな」 「僕が淹れるのもおいしいですよって言ってくれるよ。父上、おんなじだね!」 「お前ら……」  ああハウストがイラッとしてます。  ゼロスの方は悪気はないのですが、後ろ姿だけで分かるほどイライラです。  私はハラハラした気持ちで三人を眺めていましたが、ふと隣のクロードが自分のマグカップを手に取りました。マグカップの中にはまだミルクが残っていたのですが。 「ゴクゴクゴクッ。ぷはっ」  一気に飲み干すクロード。  そしてソワソワした様子で私を見上げます。 「ブレイラ、わたしもおかわりです。ハチミツいれたのがのみたいです」 「ふふふ、おかわりが欲しくなってしまいましたか。ではクロードも父上たちのところに行ってきなさい」 「はいっ」  クロードは嬉しそうに頷くと、父上たちがいるところへ駆けだしました。  紅茶を淹れている三人が気になっていたのですね。まだ五歳のクロードはなんでも同じことをしたがりますから。 「ちちうえ、わたしもおかわりです! ハチミツですっ、わたしのはハチミツをいれるんです!」  クロードがハウストたちを見上げて必死にアピールしてます。  ハウストは面倒くさそうにしながらもクロードの要望通りハチミツ入りミルクを作ってくれます。 「ハチミツはどれくらいだ?」 「スプーンみっつ!」 「……多くないか?」 「おおくないです!」 「そうだよ多くないよ。僕が子どもの頃はスプーン五杯入れてたよ」  ゼロスがクロードの援護をしてくれました。  その姿を私もニコニコしながら見つめましたが、…………ん? スプーン五杯?  ちょっと待って、これは聞き捨てなりませんよ。  子どもの頃から甘党だったゼロスは甘いおやつが大好きな子でした。当然ながらミルクにはたっぷりハチミツを入れたがったのですが、私はスプーン三杯までを厳守させていたのです。  それなのに。

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