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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて61
「ゼロス」
「なあに~?」
ゼロスがいつもの調子で振り返りました。
私はニコリッと笑いかけて聞いてみます。
「スプーン五杯ってなんですか?」
「ッ!?」
ビクッ! ゼロスの肩が跳ねました。
ゼロスの顔にはありありと『しまった!』と書いてあります。
その反応に私はムムッとしてしまう。やっぱりそういうことなんですね。
「ゼロス、あなた、子どもの時に私に内緒でハチミツを増量してましたね」
「そ、それはっ……」
「やっぱり内緒で入れていたんですね」
「ブレイラ、待って。そうじゃないのっ。あの、それはその、……」
ゼロスが動揺しています。
そうじゃなくてと言い訳しようとしていますが無駄です。スプーン五杯という言葉をたしかにこの耳で聞きました。
「ハチミツはスプーン三杯までと言っていたのに」
そう、私は子どもの食事に関して教育方針を決めています。
まず甘いお菓子を食べ過ぎてはいけません。ジュースは一日一杯、ミルクに入れるハチミツはスプーン三杯まで。甘い生クリームもチョコもジャムもたっぷりはいけません、ちょっとだけにしましょう。これが私と子どもたちのお約束。ゼロスだって分かってくれていると思ったのにっ……。
ゼロスが幼かった時のことを思い出します。
たしかにこの子は隙あらばハチミツを増量しようとしていましたが、私が説得すると納得してくれていたのです。
『ブレイラ、ぼく、もっとほしいの』
三歳のゼロスがミルクの入ったマグカップを持って私におねだりをしました。
眉を八の字にして私を見上げるお顔はとっても可愛いのです。
かわいいおねだりに頷いてしまいたくなるけれど、いけません。ここはグッと我慢です。それがゼロスのため。
『いけません。ハチミツはスプーン三杯までと約束しましたよね?』
『……うー、わかった。じゃあ、スプーンはこれにして』
『あなたという子は……』
ゼロスが出したのはメインディッシュ用のテーブルスプーン……。
三歳ながらちゃっかりしすぎのゼロスです。
『ダメに決まってるじゃないですか。そんな大きなスプーンでハチミツは入れません』
『おなじみっつなのに~』
『同じではありませんよ。あ、クロードがお昼寝から起きたようです』
赤ちゃんのクロードはおやつの時間にお昼寝から目を覚ますのです。
私は『三杯までですからね』と念を押してクロードのところへ行っていました。でも残されたゼロスは……。
ゼロスはきょろきょろ周囲を見回したかと思うと。
『もうちょっとだけ~♪ ルンルン♪ フンフン♪ ぼくのミルクとハチミツはおともだち~♪』
ゼロスの陽気な鼻歌。私が見ていないことを確認してスプーン五杯のハチミツを……。
そういうことだったのですね。
「ゼロス?」
私がじろりっと見ると十五歳になったゼロスがあわあわします。
「ブレイラ、ごめんっ。我慢できなかったから~!」
ゼロスが私から逃げるように一歩、二歩と後ずさる。
私はじーっと見つめたままゼロスにじわじわと近づいていきます。
さらに逃げようとしたゼロスですがイスラがひょいっと首根っこを捕まえて私の前に突き出してくれました。
「どこへ行く。丁度いい、説教されてろ」
「うわあっ、どうしてそういうことするの!?」
「胸に手を当てて考えろ」
「えー、そんなこと言われても……。兄上も僕が心配だったとか?」
答えたゼロスにイスラは「お前な……」とため息をひとつ。
でも私に突き出す腕はゆるめません。
「ブレイラ、好きにしていいぞ」
「わあっ、ブレイラ。ごめんね、怒ってる?」
じーっと見つめたまま顔を近づけます。
縮こまるゼロスに近付いてじーっと。至近距離でじーっと見つめていましたが、ふっと表情を緩めました。
「もういいですよ」
「い、いいの!?」
ゼロスが顔をパッと明るくします。
素直すぎる反応に私も笑ってしまう。
「こんなに大きくなってくれましたからね。きっとハチミツのおかげもあるのでしょう」
「ブレイラ~!」
ゼロスが嬉しそうに私に抱きついてきました。
首根っこは相変わらずイスラに掴まれていますが、笑顔でぎゅ~っと抱きついてきます。
私も背中に腕を回してぽんぽんしてあげました。
私と同じくらいの身長ですが、私とは違ってがっしりした背中をしています。冥王として戦う背中です。
内緒でハチミツ五杯は驚きましたが、マグカップを持って『ハチミツたくさんほしいの』と言っていた幼かった子どもがこんなに大きくなってくれました。こんなに嬉しいことはありませんね。
「ブレイラ、ありがとう! これからはスプーン三杯ちゃんと守るよ!」
「今からですか?」
「今から!」
「ふふふ、それならいいですよ」
宣言してくれたゼロスにまた笑ってしまう。
こんなに大きくなったのでもうスプーン三杯にこだわりはないのですが、まだ幼いクロードがいますからね。クロードの前ではスプーン三杯でお願いしますよ。
こうして家族で午後のひと時を過ごしていると、侍従長が来客を知らせてくれます。
「失礼します。王妃様、冥王様、リオとルカが出発の挨拶をしに参じました。いかがいたしますか?」
それはリオとルカの来訪でした。
それというのもリオとルカの留学の準備期間が無事に終わり、明日からいよいよ王立士官学校に留学するのです。
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