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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は2

「いいじゃないですか、近況報告もかねて順番にお話ししましょう。まずフェリシアからどうぞ」 「え、私からですか!? ……一番は緊張しますが、それでは最近あったことをお話しします。私は収穫期に入ると実家に行って小麦の収穫のお手伝いをしているのはご存知ですよね」 「もちろん知っています。まだゼロスが三歳くらいの時に私たちもお手伝いさせてもらいましたから」  そう、私はゼロスが三歳でクロードが赤ちゃんの時、二人を連れてフェリシアの実家にお邪魔したことがあるのです。農民出身のフェリシアは収穫期になると実家の手伝いをしに行っていたので、無理を言って私もお手伝いをさせてもらいました。  ゼロスとクロードは広大な小麦畑に大興奮でおおはしゃぎだったのですよ。  しかもあとから政務を終えたハウストとイスラも合流して小麦畑はとっても賑やかでした。 「その節はありがとうございました。私の父と母も喜んでいました」 「いいえ、子ども達によい体験をさせてあげられました。私の方こそ感謝しています」  イスラはともかくゼロスとクロードは魔界の城で生まれて育ったこともあって、市井の人々の暮らしに鈍感なところがあるのです。王の無知は罪です。ゼロスとクロードに収穫を体験させられたことは有り難いことでした。 「それで昨年の収穫期のお話しなのですが、リュシアン様も政務の合間に収穫のお手伝いに来てくれたんです」  リュシアンとフェリシアは仲睦まじい夫婦でした。  でも私とダニエラとエノとメルディナは南の大公爵としてのリュシアンしか知らないので、うんうんと興味深く聞きます。 「そこまでは良かったのですが、リュシアン様がまだ実っていない小麦までうっかり刈ってしまったんです」 「ええっ、それは大変なことを……」 「そうなんですが、本当に大変だったのはその後だったんです。リュシアン様は御自分の知識不足を『恥ずかしいっ、恥ずかしいよフェリシア!』とずっと嘆かれました。そして」 「「「「そして?」」」」  私とダニエラとエノとメルディナの声が合わさります。  どうしましょう。『恥ずかしい』と嘆いていたリュシアンを想像すると笑ってしまいそうですが、今は我慢です。 「そして城の庭園の一画にご自分の小麦畑を造って、毎日観察日記をつけだしたんです……」 「リュシアンが観察日記! プッ、フフフッ。ダメです、あのリュシアンがっ……」 「王妃様、そのように笑っては、下の者に示し、が……。ッ」  ダニエラに注意されましたが、そのダニエラも唇を噛みしめて顔を逸らしています。  エノやメルディナも顔を逸らして口元を押さえ、肩を小刻みに震わせていました。  あの気取ったリュシアンが自分専用の小麦畑をつくって毎日観察日記をつけているなんて、想像するだけでダメです。大きな声で笑ってはいけないので、お腹が、いたいっ……。 「今朝も観察日記をつけていました」 「今朝もっ! ッ、フフフッ、フフッ」  追い打ちをかけられてもうダメでした。  大きな声では笑えないので、私はハンカチで口元を押さえ、ダニエラはグッと唇を引き結び、エノは扇で口元を隠し、メルディナは壊れたおもちゃのように肩を震わせている。こうして私たちはひとしきり笑いました。 「フフッ、ありがとうございました。今度リュシアンには小麦畑を見せてもらいましょう。次はエノでお願いします」  スッキリするまで笑えば次はエノです。東の大公爵家のお話しをぜひ聞いてみたいです。 「では次は当家のお話しをいたしますね。東都ではいにしえの時代から古武道が伝わっています。東都の魔族はもちろん、大公爵ともなるとすべての古武道を習得するものです」 「はい、もちろん知っていますよ。時々イスラやゼロスが古武道を習いに東都にお邪魔していると聞いています」  私が初めて東都の古武道を見学させてもらったのは二年前の視察の時です。その時、イスラは十五歳、ゼロスは三歳、クロードは赤ちゃんでした。  ゼロスなどは初めて目にした古武道のしなやかな武術や武具に『なにこれかっこいー!』と大興奮だったのです。それ以来、時々イスラとゼロスは東都の武道館に顔を出してお稽古に参加していました。  ちなみに視察では私も護身術というものを教わったのですよ。習得までは出来ませんでしたが、私より大きなハウストの体を投げ飛ばす体験ができて楽しかったです。 「イスラとゼロスがお世話になっています」 「いいえ、こちらこそ。イスラ様とゼロス様は師範代をとうに超えておりますので、来てくださると訓練生や門下生たちの励みになります。みなも楽しみにしているくらいです」 「そう言っていただけると良かったです」 「はい。というわけで東都では古武道の古い指南書も多くあるのですが、先月、新たに指南書が発見されました。古い指南書だったのですが新たな武道の指南書に旦那様はたいそう喜び、さっそく体得しようと稽古に入ったのでございます」 「グレゴリウスらしいですね」  私は東の大公爵グレゴリウスを思い出してクスリと笑う。  まさに不言実行な寡黙なタイプで、四大公爵としての彼は近寄り難い雰囲気を纏っていました。生真面目すぎて冗談は通じないところも理由でしょうね。でもとても誠実な大公爵です。  そんなグレゴリウスの新たな一面を聞きたくて、私とダニエラとメルディナとフェリシアはワクワクします。 「グレゴリウスならあっという間に体得したんじゃありませんの?」  メルディナが当然のように聞きました。グレゴリウスの古武道に対する造詣の深さを知らない者はいないのです。 「はい、旦那様はすぐに動きや所作を体得されました。私を呼んで指南書の型をお披露目してくださったんです。そこまでは良かったんですが」  エノはそこまで話すと、なんとも複雑な顔になって続けます。 「披露されたのが……舞踊だったんです。武道の指南書だと思っていた物が、じつは舞いの指南書だったのです」 「「「「武道ではなく舞踊!!」」」」  思わず私とダニエラとフェリシアとメルディナは声をあげました。  でもハッとして私たちは涼しい顔を作ります。突然の大声にデッキ周辺にいた夫人や令嬢たちが驚いて振り返って、このままではいけません。守るべき威厳は守らねば。  こうして私たちは誤魔化したけれど、エノを食い入るように見つめます。早く、早く続きを話してくださいっ。だってこんなの絶対聞きたいじゃないですか!

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