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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は3

「それで、グレゴリウスはどうしたのです?」 「彼は完璧に舞いを踊り切りました。武道と舞踊は起源を同じくしていると伝わっているので、旦那様は舞踊の基本も習得されているのです。そのおかげか完璧に舞いきったわけですが、舞いが終わったあと、私に真剣な顔で問うたのです。『これはいつになったら攻撃の型に入るのか』と」 「えっ。それではグレゴリウスは最後まで武道だと思い込んで舞ったというわけですか?」 「はい、舞いが終わっても武道だと信じて疑っていませんでした。返事に困ったのですが、そのまま黙っているわけにもいかず……」 「そこで衝撃の事実を知ったというわけですねっ」  彼らしいと言えば彼らしいけれど、それはあまりにもっ。ダメです、想像できてしまうのが余計におかしい。  私は声を出して笑いたいのを必死に我慢しました。  きっとグレゴリウスは武道も舞踊も完璧に体得したのでしょうね。 「フフッ、ありがとうございました。今度グレゴリウスに会ったら舞いを見せてもらうことにしましょう。フフフッ、フフッ」  笑ってはいけないのに笑ってしまいます。  私とダニエラとフェリシアとメルディナはひとしきり笑いました。  さあ次はダニエラですね。 「次はダニエラです。期待してますよ」 「わ、私もですか?」  ダニエラが顔をしかめて言いました。  困らせているのは承知です。でもダニエラのお話しだって聞きたいじゃないですか。 「お願いします。ダニエラのお話し、とっても興味があります」 「わたくしも聞きたいですわ」  メルディナもワクワクした顔でダニエラを見つめています。  他にもエノとフェリシアも興味津々ですね。堅物のダニエラの面白い話しなんてこんな機会でもなければ聞けませんから。  そんな私たちの様子にダニエラが諦めたようなため息をつきました。 「……いいでしょう。普段はこのような話しはしないのですが、王妃様のご命令とあらば仕方ありません。皆さん、現在北都では新しい学校を建設中なのはご存知ですね」 「もちろんです。以前視察に北都へ行った時に計画を聞かせていただきました。どの子どもも自分に合った授業を受けられる画期的な仕組みの学校ですよね」  私が北都の視察へ赴いたのは二年前のこと。その時、イスラは十五歳、ゼロスは三歳、クロードは赤ちゃんでした。  北の大公爵は子どもたちの教育に重点を置いていることもあり、乳幼児が通っている幼稚舎までありました。  視察の時に私はゼロスとクロードを連れて幼稚舎へ行ったのです。……大変でした。  ゼロスは幼い時からあのような性格なので、幼稚舎の赤ちゃんたちに大人気になったのです。 『あかちゃんたち~、こっちだよ~! ぼくのとこにおいで~!』  そう呼びかけると赤ちゃんの集団がわらわらとハイハイしてゼロスのところへ向かうのです。ゼロスもとっても楽しかったようで、赤ちゃんたちと遊んだり抱っこしたりはしゃいでいました。年下に対して優しくて面倒見が良い子なのです。他にも同世代の子どもたちとたくさん遊べて大満足のゼロスでした。  しかし、赤ちゃんのクロードは違いました……。  クロードはそういった面でゼロスよりも不器用というか、照れ屋さんというか……。 『う~、う~』  今でも覚えています。クロードのあの悔しそうな、寂しそうな、それでいて嫉妬丸出しのプンプンうなり声を……。  その日、クロードは幼稚舎に入るととても緊張したようでした。城で暮らしているクロードは自分以外の赤ちゃんにあまり接したことがなかったのです。  赤ちゃんの集団の中にクロードを置くと、クロードはどうしていいか分からず固まってしまいました。ツンツンとつついても反応しません。私がどこかに行かないように小さな手で私のローブをぎゅっと握りしめたまま硬直していたのです。  それなのにその横でゼロスは大人気。クロードはいつも自分を構ってくれるゼロスが他の赤ちゃんを構っていることに嫉妬し、自分にお友達ができないことも悔しくて、とてもとても複雑な気持ちになって拗ねてしまったのです。ショックのあまり部屋の隅でプルプルしてました。途中でイスラが来てからは嘆くように縋りつき、『あうあー、あー!』と涙ぐんで自分の窮状を訴えていたくらい。 「そうです。その学校の設立に旦那様も並々ならぬ思いがあり、図書館に入れる書物を旦那様みずからが選んでいるくらいです」 「そうでしたか。エンベルトは教育に熱心な方ですから」  エンベルトは魔界でもフェリクトールと並ぶ賢者ですからね。 「はい。しかしここで問題が。小等部、中等部、高等部、大学院の図書館の本は問題なく選べるのですが、幼児部にはなにを選んでいいか分からなかったのです。絵本は専門外でした」 「なるほど。たしかに専門外っぽいですね」  私とエノとフェリシアとメルディナはうんうん頷きます。  ダニエラも頷いて続けます。 「そこで旦那様は古いメモを参考にすることにしたんです。それは冥王ゼロス様の大好きな絵本リスト」 「えっ、ゼロスの絵本リスト!?」  突然のゼロス。私は目を丸めてしまう。  でもダニエラは神妙な顔でゼロスの絵本リストについて教えてくれます。  それというのも、視察の時に三歳のゼロスと赤ちゃんのクロードはエンベルトの書庫にお邪魔したそうです。たくさんの蔵書に圧倒されたゼロスですが、あることに気付いたようで……。 『エンベルト、えほんもってないの? えほんないの、ダメだとおもうんだけどなあ』 『あう~……』 『クロードもダメっていってるみたい』  三歳児と赤ちゃんのダメだし。  そう、エンベルトの書庫には絵本がなかったのです。 『そうだ! ぼくとクロードのだいすきなえほん、おしえてあげるね! それならエンベルトもだいすきになっちゃうとおもうの!』  そう約束したゼロス。  視察の最終日にエンベルトにメモを渡したそうです。それが絵本リスト。 『どうぞ! このえほんがいいとおもうの。おもしろかったからよんでみて!』 『あいっ』  エンベルトはもちろん迷惑そうに渋りましたが、それで黙って引き下がる三歳と赤ちゃんではありません。 『ねえねえ、ありがとうは?』 『あう?』 『ねえねえ、ねえねえ』 『あう? あう?』  こうして強制感謝をさせて三歳児と赤ちゃんは去っていったそうです。 ―――――― ※三歳ゼロスと赤ちゃんクロードの小麦収穫体験は『三兄弟のママは神話を魔王様と』の番外編書き下ろしに収録します。 ※家族で東都視察の話しは『三兄弟のママは神話を魔王様と』の番外編書き下ろしに収録します。 東都で栄えている古武道に取り組む三兄弟です。 十五歳イスラは一回見たらなんでも出来るパーフェクト。 三歳ゼロスは慣れない柔の動きに苦戦しながらもがんばります。 まだハイハイしかできない赤ちゃんクロードはみんなとお揃いの道着(特注の赤ちゃん用)を着せてもらって嬉しくて興奮し、畳をころころ転がってました。本人的には受け身の練習をしてるつもりでした。 そんなエピソードとかある話しです。 ※家族で北 都視察の話しは『三兄弟のママは神話を魔王様と』の番外編書き下ろしに収録します。よろしくお願いします。

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