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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は4

 ……そういえば視察の夜。ゼロスとクロードがなにやらお絵描きをしていました。とても一生懸命だったのでそっとしておいたのですが、どうやら大好きな絵本リストを作成していたようですね。  まさか私の知らないところでそんなことになっていたなんて……。 「今更ですが、……ゼロスとクロードがお世話になりました。その節はありがとうございます」 「いえ、冥王様とクロード様に北都に興味を持っていただけたのは光栄です」 「そう言っていただけると安心します。それで、ゼロスとクロードのメモは役立ったんですか?」 「おかげさまで幼等部の図書館に満足のいく絵本を置くことができました。ただそのメモの中には絶版になっていた絵本もあったようで、メモを元に絵本を探しているとフェリクトール様に行きつき……」 「ああ……、それは大変でしたね」  ……察しました。  すべてを察しました。  フェリクトールとエンベルトは同年齢の幼馴染ですが、二人に仲が良かった時期などなかったそうです。子どもの頃からライバルの二人はなんでも競い合ってきたそうですから。  それなのにエンベルトがメモを頼りに絵本を探せばフェリクトールの書庫で鉢合わせになったのです。  フェリクトールは書物の収集家でもあるので絶版になった絵本も所持しているのです。でも鉢合わせたとなったら大変。険悪な雰囲気に周囲の部下たちに多大な迷惑がかかり、ダニエラが仲裁に入るまでひたすら嫌味の応酬をしていたということです。  私はそっとダニエラから目を逸らす。気の毒すぎて。私はフェリクトールとエンベルトの仲裁なんて絶対したくありません。  それはエノやフェリシアやメルディナも同じだったようで、そっと目を逸らしていました。 「コホンッ。では次はメルディナ、よろしくお願いします」 「まかせてくださいませ」  メルディナもすかさず答えてくれました。彼女もいちはやく話題を変えたかったようです。  でもなにかを話そうとして神妙な顔になる。 「……では義母のお出かけに付き合わされる件について」 「あっ……」  思わず声を出してしまいました。  メルディナの義母といえばジョアンヌ夫人。当代西の大公爵であるランディの実母にして先代西の大公爵夫人です。  私はハウストの婚約者だった時にジョアンヌ夫人と一緒に西都の王立士官学校を視察したことがあるのですが……。 「ありがとうございますっ。大変でしたね。でも仲良くしているようで良かったです」  はい終わり。すかさず打ち切りました。  メルディナが不満そうな顔になります。 「ちょっと、まだなにも話してませんわよっ」 「話さなくてもだいたい分かりましたよ……」  私はジョアンヌ夫人を思い出して苦笑しました。  私だけではありません。ここにいるダニエラとエノとフェリシアも同じ反応です。  ジョアンヌ夫人はとても立派な先代大公爵夫人ですが、まるで絵本から飛び出してきたプリンセスのようなのです。ランディの実母なので私やメルディナよりも年上なのですが、そう見えないほどに天真爛漫な少女のようでした。……まあはっきり言うと、勝ち気なメルディナとおっとりマイペースのジョアンヌ夫人は相性がいいとはいえないのです。 「なによ聞きなさいよ。それがイヤなら次は王妃がわたくしの替わりに一緒に出かけてくださいませ」  生意気に言い返されてしまいました。  でもメルディナはなんだかんだ言いながらも義母のジョアンヌ夫人と上手く付き合っているようですね。安心しました。  そんな私の気持ちを察してメルディナが照れ隠しにムッとします。 「それなら次は王妃の番よ。言い出したのは王妃なんだから、もちろんなにかあるのよね」 「ふふふ、もちろんです。四人に話してもらったんですから私だってお話ししますよ。なにがいいでしょうか……。あっ、そうだ。クロードに出自を打ち明けた時のお話しをしましょう。丁度この前クロードにお話ししたんですよ」  閃きました、これにしましょう。丁度聞いてほしいと思っていたんです。  でも四人は固まってしまう。 「えっ……」と目を丸めて硬直するダニエラ。 「お、王妃様っ」と焦りだしたエノ。 「なにをっ……」と動揺を隠せないメルディナ。 「ま、待ってください、それは」と慌てて私を止めようとするフェリシア。  四人の反応に私は苦笑しました。  そうですよね。これはクロードの情緒に関わることですから。  でもね、聞いてほしいのです。特にメルディナ、あなたには。  それに……。 「お気遣いありがとうございます。でも心配はいりません。あなたがたが想像してくれているような展開にはなっていませんよ……。むしろ……」  私は遠い眼差しになりました。遠い遠い眼差し……。  そして語ります。あの日のことを。 「それは一週間前のことです。その日、私とハウストは朝から緊張していました。なぜなら、その日がクロードに出自を打ち明けようと決めた日だったからです」  ――――一週間前。  その日、私は朝から緊張していました。  四界会議が無事に終了し、公私ともに落ち着いたこのタイミングでクロードに出自を打ち明けることにしたからです。  元々クロードを家族に迎えた時に、他の魔族にはクロードに出自を隠さないと宣言していました。打ち明ける日については私たち家族の問題として一任されていたので、私とハウストはよく話しあって今日をその日に選んだのです。  今、魔王の城の広間には私とハウストとイスラとゼロスがいました。  家族の大切な話しなので全員が揃っていなければいけません。先にイスラとゼロスには今からクロードに出自を打ち明けることを伝えました。万が一の時は二人の協力も必要だからです。  クロードを呼んできてもらっているので、クロードがここに来たらいよいよ……。

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