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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は5
「いよいよ、ですね」
声は緊張に強張っていました。
なるべくいつも通りでいようと思うのに、どうしても緊張してしまいます。
「ああ、いよいよだな」
ハウストも真剣な顔で頷きました。
眉間に皺を刻んでいます。でもこれはいつになく緊張しているから。
やはりハウストも普段通りとはいかないようですね。
そう、私とハウストはクロードに打ち明けると決めてから何度も模擬練習をしました。とても繊細な内容なので、こういうのはどのような雰囲気でどのように伝えるかが大事なのです。
ああ……。ため息が漏れてしまう。
出自を知ったクロードはなにを思うでしょうか。
今までこういった話しはしたことがないので想像もつきません。
クロードは真面目で思慮深く、とても賢い子どもです。きっとたくさんのことを考えるでしょう。
クロードを苦しめてしまうのではないかと思うと心配で……。
そんな私をイスラが心配してくれます。
「ブレイラ、なるようになる。クロードは大丈夫だ。これからも何も変わらない」
「そうだよ、クロードに打ち明けたってなにも変わらない。これからもクロードは家族だし、僕たちの弟だよ」
イスラとゼロスが励ましてくれました。
血は繋がっていないけれど、イスラとゼロスにとってクロードはなにがあっても弟なのです。
もちろんそれは私とハウストも同じ。私たちはなにがあっても家族です。
「イスラ、ゼロス、ありがとうございます。とても心強いです」
「ああ」
「うん!」
二人が力強く頷いてくれました。
そしてハウストも大丈夫だというように頷いてくれる。そうですよね、ここにはハウストとイスラとゼロスがいます。
大丈夫、私たちなら乗り越えられます。なにがあっても私たちは家族なのですから。
コンコンコン。扉をノックする音。もちろんそれはクロード!
「クロードです。はいってもいいですか?」
聞こえたクロードの声に室内に緊張が走ります。
私は一人掛けのソファにそれぞれ座っているイスラとゼロスを見て、最後に隣に座っているハウストを見ました。
目を合わせて頷きあう。もう後には引けません、いきましょう。
「ど、どうぞ。入りなさい」
「しつれいします」
カチャリ。クロードが部屋に入ってきました。
部屋の中には家族が全員揃っていたので少し驚いたように目をぱちくりさせます。
「あれ、みんなここにいたんですか? ちちうえもにーさまたちもおしごとだとおもってたのに」
「いろいろあってな。まあ座れ。俺とブレイラから話しがある」
「ちちうえ、おはなしですか?」
クロードが首を傾げました。
でも素直に頷いて部屋を見回し、私を見て嬉しそうな顔になります。
「ブレイラのおとなりがいいです」
「ふふふ。ではこちらへどうぞ」
クロードは私とハウストの真ん中にちょこんと座ります。もう宿題が終わったことを知らせてくれます。講義が終わってすぐに宿題を終わらせたのだそうです。えらいですね。
「おやつにしましょう。美味しいフルーツがありますよ」
「はい、ありがとうございます」
クロードは冷たいジュースと冷えたフルーツを美味しそうに食べます。
モグモグするクロードのかわいい横顔に私は目を細めました。
このいたいけな無邪気な顔をいつまでも見ていたい。どうかこの煌めく黒い瞳が曇ってしまいませんように。
フルーツに満足したクロードが私を振り返ります。
「ブレイラ、おはなしってなんですか?」
「それは……」
話しだそうとして……言葉が詰まる。
打ち明けると決めたのに、私を見つめる瞳が曇ってしまうかと思うと勇気がでない。
そんな私をハウストが気遣ってくれます。
「俺から話すか?」
「……いいえ、私からお話しします。ありがとうございます」
私は決意を固めます。
いつか話さなければならないのです。ならば家族全員が揃っているこの時以上に絶好の機会はありません。
これ以上引き延ばしていると、悪意のある第三者から伝わってしまうこともあるのです。そうなってしまう前に私たち家族のいるところで。
「クロード」
私はクロードの名を呼び、その小さな手に手を重ねます。
クロードがどこにもいってしまわないように、祈るような気持ちでぎゅっと手を握りしめました。
「ブレイラ……?」
クロードが不思議そうに私を見つめます。
私はクロードにそっと笑いかけ、ゆっくりと真実を告げます。
「クロード、いいですか。よく聞いてください。じつは、じつは――――あなたと私は血が繋がっていないんです。あなたはハウストと私の子どもですが、あなたは西の大公爵ランディとメルディナの間から生まれてきた子どもなんです」
「え……」
クロードが目をまん丸にしました。
室内がシンッと静まり返って、まるで時間が止まったよう。
クロードはしばらく黙ったままでいましたが、ふと立ち上がります。
「…………ちょっとまっててください」
「ク、クロード?」
握っていた手を離されて咄嗟に名を呼びます。でも、パタン……。クロードは振り返らずに部屋を出て行ってしまいました。
「ああっ、クロード……!」
その場に崩れ落ちそうになって、ハウストに支えられました。
大丈夫かと心配そうにハウストが顔を覗き込んでくれます。でも私はゆるゆると首を横に振る。
「ク、クロードが、クロードがっ……。ああ、やっぱり早過ぎたんですっ……」
判断を誤りました。まだ伝えるべき時ではなかったのです。
もう今までのようにクロードに接することはできないのでしょうか。
そんなのは嫌ですっ。絶対嫌です!
「ハウスト、どうすれば……! クロードがどこかに行ってしまいましたっ! このまま戻ってこないなんてこともあるんじゃっ……」
「落ち着けブレイラ。クロードはちょっと待ってろと言ったんだ。それに、もう伝えてしまったものはなかったことに出来ない。これからのことを考えるんだ」
「分かっていますっ。でももう今までのクロードが戻ってこないかもしれないと思うとっ……!」
突然伝えられた真実はクロードを困惑させただけのものでした。
クロードを苦しめてしまった事実に胸が締めつけられる。もう二度と私に笑いかけてくれないんじゃないかと思うとっ……!
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