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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は7
「どうぞ、もってきてください」
すると部屋の外に控えていた侍女たちが分厚い図鑑や資料や生物学の教本を持って入ってきました。侍女はそれらをテーブルに並べると静かに退室していきます。
もうね、なにがなんだか分かりません。
でも分かるのは、目の前に並べられた書物はすべて生物学に関する内容のものばかり。
クロードは『よいこのせいぶつ』という子ども用の教本を手に取ると、「いいですか、ブレイラ。よくきいてくださいね」と男同士で結婚しても赤ちゃんは生まれないのだと教えてくれました。体の作りが違うのだから仕方ないのだと、教本や図鑑を開きながら優しく慰めてくれて…………。
「プッ! ……っ」
ハウストが噴きだしたかと思うと慌てて口を手で覆いました。
目が合うと彼はキリッとした目で『俺は笑ってないぞ』と伝えてきますが、口元を大きな手で覆ったままなので説得力なんてありませんよ。
続いてイスラとゼロスを見ると、ササッと素早く顔を逸らされてしまう。肩をプルプル震わせているのはどういうことなんでしょうね。
そんなハウストとイスラとゼロスの様子に、クロードもムムッとした顔になります。
「ちちうえ!」
「な、なんだ」
突然呼ばれてハウストがたじろぎます。
クロードは腰に手を当てたプンプンポーズでハウストを見ました。
「ちちうえはブレイラとけっこんしたんですよね。それならちゃんとおはなししないとダメじゃないですか」
「話し……?」
「そう、だいじなおはなしです!」
クロードはそう言うと私をちらちら見て気にしながらも、ハウストの耳元でこそこそ話します。
「ブレイラがかわいそうじゃないですか。だんせいはあかちゃんをうめないのに、ブレイラはわたしをうめなかったことをきにして……。だからあんなおもいつめたかおを……っ」
…………聞こえてるんですけど。
しかも、なぜか私がとても可哀想なことになってるんですけど。これって『私が男なのに子どもを生めると信じていて、でも生めなかったから悲観に暮れている』ということですよね! どうしてそうなったんですか!
そんな私の叫びだしたいほどの疑問をハウストが聞いてくれます。
「クロード、お前知っていたのか?」
「なにがですか?」
「血が繋がっていないことだ」
ハウストが改めて聞くと、クロードは盛大に顔をしかめました。
「ちちうえこそなにいってるんですか。あたりまえじゃないですか。だんせいはあかちゃんをうめませんって、せいぶつのこうぎでならいました。わたし、かんぺきにおぼえてます」
クロードが当たり前のことのように答えました。
それは幼いながらに誇らしいものでしたが。
「ああクロード。そういうことはもっと早く、早く言ってください……」
私は脱力のあまりソファの背によろよろと凭れかかります。
そんな私にクロードはハッとして側に来てくれました。
「ブレイラ、どうしたんですか? げんきだしてくださいっ。わたしはちゃんとブレイラのこどもです!」
そう言って小さな手で私の手をぎゅっと握りしめてくれました。私、めちゃくちゃ励まされてますね。
私はクロードを見つめて小さく苦笑します。
「あなた、知ってたんですね。自分が西の大公爵ランディとメルディナから生まれたことを。いつから気付いてたんですか?」
クロードを見つめて聞きました。
クロードはきょとんとして答えてくれます。
「せいぶつのこうぎのときに、もしかしてってなったんです。たくさんおべんきょうしたら、やっぱりそうなんだってなりました」
「そうでしたか、たくさんお勉強したんですね」
「はい。わたし、れきしもかんぺきにおべんきょうしてるのでわかるんです。メルディナはちちうえのいもうとだから、そうなんだって」
「歴史の勉強をして、そういうことに気付けるのですね。よく考えています」
「はいっ。だからブレイラにもおしえなきゃとおもって」
「ふふふ、ありがとうございます。しっかり学んでいてびっくりしました」
私は目を細めました。
魔界の長い歴史の中で、初代の血筋を守るために王位継承問題はたびたび起きていました。四大公爵の血筋は初代魔王デルバートの血筋を守るためのもの。クロードは歴史の勉強をしてたくさん考えることで、自分の力でその答えに辿りついたのです。
「クロードはすごいですね。感心しました。私もハウストも驚いています」
「とうぜんです。わたしはかんぺきにおぼえました」
誇らしげなクロードに私は笑いかけます。
クロードが理解しているというなら伝えることは一つだけ。あなたにどうしても知っておいて欲しいこと。
「私、あなたのこと大好きですよ。ハウストと私の子になってくれてありがとうございます」
「どういたしまして!」
クロードが照れ臭そうに言いました。
そして恥ずかしそうにクロードもお礼をしてくれます。
「ブレイラこそありがとうございます。わたしのおやになるために、ブレイラはちちうえとけっこんしたんですよね!」
「…………ん?」
ハウストと結婚したからクロードの親になったのですが、クロードの中では私はクロードの親になるためにハウストと結婚したということになっているようですね……。
たくさん勉強して自分の力で真実に辿りついたクロードですが。
「やはりイスラとゼロスの弟だな……」
ハウストが複雑な顔で言いました。
そうですね、……何も言い返せません。
しかもクロードはハウストと二人のにーさまに嬉しそうに言います。
「イスラにーさま、はくぶつかんわすれないでくださいね! ゼロスにーさま、めいかいのかざんたいにつれてってください! ちちうえはわたしにうまをくれるの、やくそくですからね!」
念押ししたクロード。
こういうところも兄たちにそっくりですね。
こうして私とハウストが心配していた出自打ち明けは無事に終わったのでした。
「――――というわけで、私とハウストはクロードに出自を打ち明けたんですよ。それなのに、なぜか私が励まされてしまって……」
私は事の顛末を四大公爵夫人たちに話しました。
四人を見ると……、プルプルです。
四人とも俯いて私から目を逸らし、肩を小刻みに震わせていました。
最初は四人もハラハラした面持ちで聞いていましたが、クロードの思わぬ答えを聞いた瞬間「プッ……!」と噴きだし、あとはひたすら肩を震わせて耐えていたのです。
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