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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は11
「あなた、あれがじゃれあいだと言うのですか?」
「ち、違うのか?」
ハウストがしどろもどろに聞いてきました。
ああ思い出してしまいますよ。結婚する前のことを。
なにがなんでもハウストを愛している私と、そんな私をなんとしても排除したかったメルディナ。何度激しく衝突したことかっ……!
たしかに私とメルディナはそういう部分をハウストに隠していましたが、それでも、それでも私を愛しているなら気付くべきでしょう!
仲裁したりフォローしたり、ハウストがすべきことはたくさんあったはずっ。気付かなかったなどっ……。
ハウストを見ると、困惑と警戒が入り混じった顔で私を見ています。
原因が分からないまでも、こうなった原因が自分にあることは察しているのですね。そしてそれに気付いた時のハウストの判断は早いのです。
「お、俺が悪かったっ。よく分からんが、こういう時はだいたい俺が悪いっ」
素直です。
こういう時のハウストはとっても素直にいろいろ認め、とにかく穏便に私の気持ちを静めようとしてくれます。
「……謝ればなんでもいいと思っていますね」
「そんなことはないっ。これは経験だ」
「なにが経験ですかっ」
すかさず言い返しました。
そんな私とハウストのやり取りを見てイスラが提案してくれます。
「どうするブレイラ、ゼロスとクロードを別室に連れてくか?」
「どうしたの? なになに?」
「ちちうえとブレイラ、どうしたんですか?」
ゼロスとクロードがきょとんとした顔で聞いてきました。
あの時イスラはすでに子どもだったのでいろいろ察してくれているのです。でもゼロスはまだ赤ちゃんで、クロードは生まれてもいませんでした。
「ふふふ、大丈夫ですよ。もう終わったことですからね」
私は苦笑して答えました。
そんな私の言葉にハウストの顔が明るくなります。
「ブレイラ、それじゃあっ」
「……もういいですよ。私もあの時は少しくらい相談してもよかったかもしれないと、今はそう思いますから」
「ああ、そうしてくれ。お前はなんでも一人で背負おうとする。悪い癖だぞ」
「そうですね、話さなければ分からないこともあります」
「そういうことだ」
あの時はハウストに相談することができませんでした。メルディナはハウストの大切な妹で、先代魔王の困難な時代を支え合っていた兄妹ですから。
なにより相手は愛する人の妹なのです。私自身の手で認めてもらいたかったというのもあります。
きっと過去に戻ってもハウストには相談せず一人で立ち向かうでしょうが、こうして落ちついて思いだすとやっぱり『私を慰めるべきでしょう』とは思ってしまいますね。
「…………なんだ、なにを考えている」
また不穏な空気を察したハウストが即座に聞いてきます。
そんなハウストに笑ってしまいそう。だって彼のこの私への対応は出会った時にはなかったものですから。
ハウストは結婚して子どもが三人もできてすっかり父親らしくなりました。彼は私の自慢の伴侶で、三兄弟の立派な父上で、ステキな魔王様です。
「ふふふ、あなたのことを考えていました。それともう一つ、明日の視察のことも」
「そういえば明日は視察だったか。王都の王立士官学校だったな」
「そうです。前回は南都の士官学校へ行ったので、明日は王都の士官学校へ行ってきますね。クロードも一緒に連れていく予定です」
私がそう話すと、自分の名前が聞こえたクロードがパッと振り向きます。
「わたしもいっしょです! ブレイラ、たのしみですね!」
「そうですね。明日は学生がステキなセレモニーで歓迎してくれるようです。魔力闘技会の決勝戦も開催されるようですよ」
「まりょくとうぎかい、みたいです! けっしょうってことは、いちばんつよいひとをきめるんですよね!」
「ふふふ、楽しみですね」
私の王妃としての政務に魔界の王都や東西南北の領地への視察がありました。
特に王立組織や施設の視察は重要な政務で、王立士官学校もそのうちの一つでした。
「ブレイラたち明日は士官学校の視察なの? それなら僕も行きたいな~」
ふとゼロスが立候補しました。
ゼロスが子どもの頃は私の視察に同行していましたが、今は冥王の政務を優先しているので常に同行できるわけではなくなりました。それに冥王が気軽に同行しては相手先を困惑させてしまうでしょう。
「今日の政務頑張ったから、明日なら僕も一緒に行けるよ」
どうやらゼロスは同行する気になっているようですね。
私は構わないのですが……。
同行を希望したのが冥王でなければ私の許可だけでいいのですが、相手は息子とはいえ冥王です。ハウストの許可が必要でした。
ちらり、ハウストを見ると彼は呆れた顔でゼロスを見ます。
「お前は冥王だろ。気軽すぎだぞ」
「そうだけど、父上の子どもだからクロードと一緒ってことで」
「冥王と次代の魔王の立場が一緒なわけないだろ……」
ハウストがそう言ってため息をつきました。
まったくその通りですね。冥王ゼロスを気軽に連れ歩いては相手先が困ってしまいます。
でもゼロスはどうしても諦めたくないようで、ハウストに向かって「おねがいっ」と手を合わせます。
「王都の士官学校には僕んとこのリオとルカがいるから、どうしても行きたいんだって!」
「ゼロス……」
ゼロスのお願いに私の心も動きました。
王都の王立士官学校には冥界の初めての民であるリオとルカが留学しているのです。
ゼロスが自分の世界の民である二人を気にかける気持ちはよく分かります。私だって二人と会うことが許されるなら会いたいくらい。
そんな私とゼロスにハウストがムムッと眉間の皺を深くしました。
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