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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は27

「召喚獣たちはいったいどうしてこんな事に。ゼロスの声も聞こえないなんて……」 「ゼロス、前兆はなかったのか?」  イスラがたしかめるとゼロスも思い出しながら答えます。 「なかった。あったらさすがに気付いてるよ」 「それもそうだな。ということは、突然狂暴化したということか」  イスラはあっさり納得しました。  イスラはゼロスをまだまだ未熟だと思っていますが、それでも召喚獣に関しては認めているのです。 「兄上、これってもしかして……」 「そう考えてもいいだろう」 「やっぱり。最近どこの世界でも起きてきたね」 「ああ、これはどこの世界がとかいう問題じゃない。星の問題だ」  イスラとゼロスの不穏な会話に落ち着かない気持ちになりました。  あの初代の禁書が発見されてから世界各地で胸騒ぎを覚えるような異変が起きているのです。  私はゼロスに小脇に抱えられていたクロードを手招きします。 「クロード、あなたはこちらにいてください」 「……にーさまたち、おしごとのおはなしですか?」 「そうです。ちょっとだけこちらにいましょうね」  私はクロードの手を引いて構いました。クロードもイスラとゼロスの話しが気になるようですが、この子はまだ五歳なのです。女官たちも「クロード様、お怪我はございませんか?」と構ってくれていました。  こうしている間にもイスラが学長に指示します。 「専門家を呼べ。召喚獣が突然狂暴化した原因を調べる必要がある」 「畏まりました。すぐに手配します」  学長が部下たちに指示して学内の召喚獣たちの調査が開始されます。  イスラは次にゼロスを振り向きました。 「ハウストとフェルベオにも報告しておいた方がいいだろう。ゼロス、報告書を忘れるなよ」 「えっ、僕が書くの? ここ魔界なんだから父上じゃないの?」 「最初からいたのはお前だろ」 「ええ~、兄上もいるのに」 「文句でもあるのか」 「ないです……」  ゼロスの反論は届くことなく封じられました。  ゼロスは冥王として日々成長していますが、やっぱり兄上には敵わないようですね。  こうしてトラブルがありながらも閉会式は幕を閉じたのでした。  閉会式が終わった後、私は迎賓室で歓談をしました。  歓談相手は個人戦優勝者ハーラルト、団体戦優勝チーム七名、最優秀賞獲得のレベッカです。  リオとルカに対面した時はとても嬉しかったですが、もちろんそれを表に出すことはできません。それはリオとルカも承知の上で、歓談では王妃と学生であることを前提としてお話しをしました。  二人には学校でのことや寮暮らしのこと、友だちは出来たのかとか、授業にはついていけているのかとか、とにかくたくさん聞きたいことがあったけれど我慢です。これは仕方ないことですね、王妃の私が他の学生の前で二人に特別な言葉をかけることは許されませんから。 「ブレイラ様、お疲れさまでした。広間にてご休憩ください。イスラ様とゼロス様とクロード様もそちらでお休みされています」 「はい、そうします」  無事に歓談が終了しました。  その間、三兄弟には広間で待っていてもらったのです。  私はコレットに先導されて広間に入ると、そこには三兄弟がそれぞれ思い思いの時間をすごしていました。  イスラは一人掛けのチェアにゆったり座って書物を読み、ゼロスは執務机で「えっと、あれはああだったから~」とうんうん呻りながら報告書の作成、クロードは窓辺のソファで絵本を読んでいました。  でも私が広間に入ると三人がパッと顔をあげてくれます。 「三人とも今日はお疲れさまでした」 「ブレイラ、おかえり~」 「おかえりなさい!」  ゼロスとクロードが明るく返事をしてくれます。もちろんイスラも。 「ブレイラこそ疲れただろ?」  イスラが立ち上がって私のところに来てくれました。  そして背中に手を添えて自分が座っていたチェアに連れていってくれます。  私がチェアに腰を下ろすと女官が目の前のテーブルに紅茶とお菓子を置いてくれました。 「イスラ、せっかく政務を終えてここにきたのに巻き込んでしまいましたね」 「気にするな。来てよかったくらいだ」  イスラは私の斜め前のチェアに腰を下ろすと召喚獣狂暴化について教えてくれます。 「まだ専門家の調査結果は出ていないが、ここの召喚獣が狂暴化した原因は闘技場の魔力に影響を受けたと考えられる。狂暴化したのは闘技場近辺だけのようだからな」 「そういうことってあるんですか? 私は初めて聞きました」 「ああ、俺もだブレイラ。こういう事例は過去になかったことだ」 「……では、他の異変と同じ原因である可能性があるのですね」 「そういうことだ」  イスラが神妙な顔で頷きました。  告げられた内容に視線が落ちてしまう。  ここ最近、四界の各地で不穏な事象が起きていました。一夜にして海岸線の形が変わったり、洞窟が出現したり、大雨が降ったわけでもないのに大河の流れが変わったり……。それは自然現象という言葉では片付けられない事象ばかりでした。  そして今回、召喚獣が理由もなく狂暴化しました。  これは天災などではなく災厄だと考えるべきなのでしょう。  四界は四人の王によって守られている世界。そこに災厄が起きるとしたら、それは……。 「もしかしたらレオノーラ様は……」 「まだ結論をだすには早すぎる」  イスラが遮るように言いました。  真剣なイスラの顔に胸に不安が膨らむけれど、今は小さく笑んで頷きます。 「そうですね。答えを出すには早過ぎますね。まだ今日の調査も終わっていないのに」  私は明るい声を出して言いました。  それは最悪な結論である災厄から目を逸らしたかったから。  そんな私にゼロスが報告書をひらひらさせながら近づいてきます。

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