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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は28

「ブレイラ~、報告書が終わんないよ~~」  ゼロスが嘆くように言うとテーブルに突っ伏しました。  持っていた報告書を拝見です。  おや、報告書はしっかり書けていると思うのですが。 「ちゃんと書けてるじゃないですか。上手ですよ?」 「さっきまで兄上に見張られてた」 「なるほど」  思わず苦笑してしまう。  私が歓談をしている間、ゼロスはイスラに監視されながら報告書を作成していたようですね。 「もう報告書は終わっているように見えますが?」 「ううん、調査結果がまだ出てないし。それに兄上が近隣で召喚獣以外にも異変はないか調べて報告書を作っとけって言うし、他の地域でも類似した事象がないか調べとけって言った~」  どうやら政務を次から次に追加されているようです。  嘆く気持ちも分かりますが最初からここにいたのはゼロスですから適任なのでしょう。 「元気だしてください。報告書を一生懸命に書いているあなたの横顔はステキでしたよ?」  そう言ってテーブルに突っ伏したゼロスの頭をよしよしと撫でてあげました。  するとゼロスがちろっと上目遣いに私を見ます。 「ステキな感じ?」 「もちろん。さすがステキな冥王様です」 「そっか。そうだよね、たくさんの書類仕事もステキな冥王さまの役目だもんね」 「そうですよ。応援していますよ?」 「任せて。僕、じつは書類仕事得意だから」 「それは頼もしいですね」  やる気を出してくれたようで良かったです。  イスラは呆れた顔でゼロスを見ていますが、余計なことを言ってはいけませんよ? せっかくやる気になったんですから。  ゼロスはキリッとした顔になって報告書に向き合いました。でもそんなゼロスをじーっと見つめる小さな影。もちろんクロードです。  クロードはなにやら考えていたようですが、グッと拳を握って気合いを入れる。真剣な顔でゼロスのところにとことこ歩いてきました。 「ゼロスにーさま」 「どうしたの?」 「わたし、こういうことできるんですけど」  そう言うとクロードはテーブルの前にちょこんと正座しました。  ペンを握って画用紙に文字を書き始めます。 『ゼロス』『ゼロス』『ゼロス』『ゼロス』『ゼロス』  大量のゼロスの名のサイン。五歳児のつたない文字ですが、ゼロスの書き癖に寄せてきています。 「よし、かんぺきにかけました。どうですか? おてつだいとかできるとおもうんですけど」  クロードは満足そうに頷くと、真剣な顔で立候補しました。  そう、サインの代筆を……。 「クロード、ちょっと待って。それは……」 「わたし、ちゃんとおてつだいできます」 「ええ……、クロード落ち着いて」 「おへんじ、はやくしてください」 「ブレイラ、クロードがこんなこと言ってるんだけど……」  ゼロスが私に助けを求めてきました。  さすがのゼロスも困惑しています。さすがに冥王のサインの代筆をお手伝いさせるわけにはいきませんからね。 「クロード、上手に書けていますね。練習したんですか?」 「はい。かんぺきにれんしゅうしておきました」 「そうでしたか。クロードは真面目に練習できてえらいですね」 「わたしもおてつだいするとおもって」  クロードが誇らしげに教えてくれました。  どうやらクロードはいつか書類仕事の手伝いをするつもりだったようでサインの練習をしていたようです。  思えばゼロスが三歳の時も書類のお仕事ごっこをしていました。ひたすら自分のサインを書くお仕事ごっこです。たまにフェリクトールの書類にこっそり『ゼロス』とサインして怒られていましたからね。  ゼロスがまだ幼い頃、サロンでおやつの時間をしていた時も。 『ゼロス、今日はなんの遊びをしていたんですか?』 『きょうはね、フェリクトールのおてつだいしてあげたの。フェリクトールもよろこんでるんじゃないかなあ』 『そうでしたか。よく頑張りましたね』 『まあね! ぼく、じょうずにおてつだいできたし!』  なんて会話をしていると、フェリクトールが『冥王はここにいるかね!』と姿を見せて大変だったのです。私はもう謝りっぱなしですよ。  あの時のゼロスは父上や兄上の真似をして遊ぶのが大好きでしたから。  そして今ここにも一人、大人の真似をするのが大好きな子がいましたね。自分のサインだけでなく、いつかお手伝いするんだとゼロスのサインの練習までするほどに。 「頼もしいですね。クロードがイスラやゼロスと一緒に政務をするようになる時が楽しみです」 「はいっ、いっぱいおしごとするんです!」 「ふふふ。お願いしますね」  無邪気なクロードに私は笑みが零れました。  聞いていたゼロスは「……ハハハ。いっぱいって大変だよ?」と現実に打ちひしがれています。  私は二人の反応の違いにまた笑ってしまいそうになりましたが、今のクロードにゼロスのお手伝いはやっぱり難しいものです。 「クロード、あなたの気持ちは分かりました。では今はクロードが大人になった時にちゃんと政務ができるように準備しておきましょうね。学習用の報告書や論文をたくさん読んでおくのです」 「おてつだいはいいんですか?」 「今は準備の時です。イスラやゼロスもクロードくらいの時は、ステキな王様になるための準備をしてましたよ」 「じゅんび……」 「できますか?」 「は、はいッ!」  クロードが真面目な顔で返事をしてくれました。  どうやら分かってくれたようですね。  私はクロードに頷くとゼロスを振り返ります。

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