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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は30
「誰かがこっちに歩いてくる。ブレイラ、ちょっとごめんね」
「え? わあっ」
突然視界がぐるりと回転し、体がふわりと持ち上げられました。
ゼロスが私を片腕で担いだかと思うと、跳びあがって天井にぴたりっと張り付いたのです。驚いて声が出そうになるけれど慌てて口を閉じました。
だって人の気配が近づいています。それは私ですら感じるほど近く。
緊張が高まってゼロスの肩にぎゅっとしがみつきました。
間もなくして二人の女生徒が私たちの真下を歩いていきました。女生徒はこちらに気づくことなく立ち去ってくれて、ほっと安堵の息がもれました。
「そろそろいいかな」
ゼロスは誰もいなくなったことを確認すると、私を抱えたまま天井から床に着地しました。
音もなく着地したゼロスは私をそっと降ろしてくれます。
「突然ごめんね。大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。見つからなくてよかったです」
そう安心しつつも私はゼロスをまじまじと見つめてしまう。
だってさっきのゼロスは私を片腕で担いだまま両足と片腕だけで天井に張り付いていたのです。しかも涼しい顔でそれをするのですから、いったいどんな筋力しているんでしょうね。いつも驚かされます。
「あなた、手慣れてますね」
「えへへ、ちっちゃな頃から侵入とか得意だったんだよね。かくれんぼみたいで」
「かくれんぼ……。ふふふ。そうでしたね、あなたは子どもの頃からそうでした」
かくれんぼと一緒にしていいのか分かりませんが、ゼロスは幼い頃から遊びながら侵入をしていました。
それというのもゼロスに侵入を指導したのはイスラでした。
まだ幼かったゼロスにイスラが徹底的に侵入や潜入というものを指導し、その厳しい特訓を耐え抜いたゼロスは立派に体得したのです。
しかも魔界の城で暮らしているゼロスにとって城内はあらゆる場所が実践の舞台になりました。たとえばフェリクトールの執務室とか……。この子はフェリクトールに構ってもらうのも大好きでしたからね。
こうして三歳にして魔界の宰相の執務室に侵入していたくらいなので、ゼロスに侵入できぬ場所などないのでしょう。
「ブレイラ、もうすぐだよ。この辺だと思う」
「なんだか緊張しますね」
私とゼロスは目的の部屋に向かいます。
そこはリオとルカの二人部屋。今頃は二人で魔力闘技大会のお祝いをしているかもしれませんね。ぜひ私も混ぜてもらいたいです。
「ゼロス、二人に会ったらどんな話しをしますか? 私はまず学校生活のことを聞きたいんです。今日の大会で戦闘実技は大丈夫だと分かりましたが、座学についていけているか心配で。あとは友だちのことを聞きたいですね」
「そうだね、僕もそれ知りたい。友だちとなにして遊んでいるかとか、どんな訓練しているかとか、学校は楽しいかとか、そういうのも聞きたい」
「それは大事なことですね。あと寮の食事のメニューではなにが好きかも聞きたいですね。おいしい食事をお腹いっぱい食べていることも大切なことです」
私たちは一つ二つと聞きたいことを挙げていきます。
学校生活のことや寮での暮らしのこと、友人のことや勉学のこと、最近どんな遊びをしているかとか、とにかく聞きたいことがたくさんあるんです。
でもなにより確かめたいのは、元気にしているかということ。心が満たされた生活を送っているかということ。
私たちがリオとルカを留学させたのは冥界のために優秀な人材に育てたいから。でもね、それ以上に普通の学校生活を送ってほしかったからです。
さあいよいよ目的の部屋が近づいてきました。
私とゼロスは胸を高鳴らせながら部屋の前まできましたが。
「お前、ふざけんなよ! さっきのはどういうつもりだ!!」
扉越しにリオの怒鳴り声が聞こえてきました。
突然のそれに私とゼロスの動きがピタリと止まります。
どうやら室内にいるのはリオとルカだけではないようです。しかも聞こえてきた怒鳴り声に不穏さを感じてしまう。
喧嘩でしょうか、どうしましょう……。ゼロスを見つめました。
目が合うとゼロスは小さく頷く。もう少し様子を見ようということですね。
「どういうつもりだと? 俺はただ自分の目的を果たすだけだ」
次に聞こえたのはとても生意気そうな声。この声は個人戦で優勝したハーラルトですね。
しかしリオは気に入らなかったようで今にも掴みかかりそうな勢いで問い詰めます。
「目的? やっぱりお前が王妃様に近づいたのは自分の目的のためだったのか! あんなに媚びた真似するなんておかしいと思ったんだ! なにをたくらんでる!」
聞こえてきたそれに目を丸めました。
ハーラルトの目的?
そのためにハーラルトが私に媚びていた?
意味が分かりません……。
ゼロスにも問うような視線を向けられましたが、もちろん私に思い当たることなんかありませんよ。
そもそもハーラルトと対面したのは閉会式で行なわれた授与式の時と、そのあとの受賞者と歓談した時だけなんですから。
私はその時のハーラルトを思い出します。
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