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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は31

 まず授与式の時はほかの受賞者と同じく盾を授与して一言交わしただけですが、歓談ではあどけない少年の姿を見せてくれてとても可愛らしかったのです。 『お初にお目にかかります! ハーラルトと申します! 王妃様に優勝の盾を授与していただけたこと、身に余る光栄です!』 『元気のよい挨拶をありがとうございます。ふふふ、気持ちがいいですね』  溌溂とした明るく元気な挨拶に私は微笑みかけました。  リオやルカやレベッカなど他の生徒たちがギョッとしたようにハーラルトを見た気がしましたが、いったいどうしたんでしょうか。  でも不思議に思う前にハーラルトが照れくさそうにはにかみます。 『すみません、ちょっとうるさい挨拶をしてしまいました……。その、嬉しくて緊張してしまって……。お恥ずかしい姿を見せてしまいました』  おや可愛らしい。  ふふふ、まるで子犬のような反応ですね。かわいい少年です。  私はハーラルトの無邪気な様子にほほえましさを覚えていましたが、……え、どうしたんですか? リオやルカやレベッカがあんぐりした顔でハーラルトを見ています。  ほかの生徒たちの反応は気になりましたが、その間もハーラルトは可愛い笑顔を浮かべて私とお話ししてくれました。その様子はあどけない少年そのもので、大会で神技のような剣術を見せてくれた人物と同一人物とは思えないほど。というわけで、私はハーラルトにキラキラ笑顔が爽やかな好印象を持ったのです。 「……なにも不審な点はなかったと思うんですが」  不思議に思いましたが室内の会話が聞こえてきます。 「俺は自分の生涯をかけて家の再興を成し遂げる。どんな手を使ってもなっ」 「どんな手を使ってもだと? それがあの気持ち悪い笑顔か」  レベッカが心底呆れた口調で言いました。  それにハーラルトがムッとしたようです。 「気持ち悪いだと? フンッ、王妃様が気に入ってくれればそれでいい。お前たちにどう思われようと関係ない。俺はこの剣技と顔と王妃様の好きそうな振る舞いで成り上がり、王妃様の覚えめでたい存在となり、いつかオルダー家再興を願い出る! 王妃様のとりなしがあれば魔王様だって検討してくださるはず!」  そうでした。ハーラルトのオルダー家は先代魔王に仕えていた咎で爵位が剝奪されて没落したのです。再興は彼の悲願だということは知っていましたが、本大会で本当に実行してきたのですね。  しかもなんだか抜け目がないようで。 「もし当代魔王様の時代で再興が無理だったとしても次代はクロード様の時代になる。そうすれば王妃様は母后様になるということ。魔王様といえど母后様のとりなしを無視できるはずがない!」  それはいさぎよいほどの下心でした。  聞いていた私とゼロスはびっくりして顔を見合わせてしまう。  ゼロスは「ププッ、……聞かないほうが良かったかなあ」と口を覆って肩を震わせます。  こらゼロス、笑ってはいけませんよ。……と言いたいけれど、……ふふふ、ダメ。笑ってはいけないのに私まで笑ってしまいそう。 「ふふふ、あんなに可愛らしい剣士に媚びてもらえるなんて楽しみですね」 「下心しかないのに?」 「その下心は向上心と受け取りましょう」  私は肩を震わせて小さく笑います。 「それにあれほどしっかり再興計画を立てているなら、きっといつか悲願はかなうでしょう。手段は選ばないようですからね」  こうして話している間にも室内の会話は続きます。  このハーラルトの真の目的に室内にいる生徒たちもざわめいているよう。 「お前、そんな奴だったのかよっ」 「俺は再興のためならなんでもする」 「そんな理由で王妃様に近づきやがってっ、表へ出ろ!」 「何度やっても無駄だ。俺の剣はお前の魔力を凌駕する」  ハーラルトの挑発にリオが今にも掴みかかりそう。一触即発の雰囲気が扉越しにも伝わってきます。 「リオ、ダメだよっ。こんなところで喧嘩したら二人そろって反省文だよ? せっかく優勝したのに台無しだ」 「そのとおりだ。こんなことでペナルティを負うなんてバカらしいことだ。王妃様のお気に入りになるんじゃなかったのか?」  ルカとレベッカがリオとハーラルトを制止してくれました。  よかった。喧嘩にならずに済みそうですね。  ルカがレベッカに訊ねます。 「ところでレベッカ先輩、ここに集まってどうしたんですか? 突然レベッカ先輩とハーラルトが来てびっくりしたんですけど」 「そうだ、俺をこんなところに呼び出してなんのつもりだ」  ハーラルトが忌々しげにレベッカに言いました。  どうやらこの部屋に集まっているのは、レベッカがハーラルトを無理やりつれて来たからのようですね。 「大事な用事というのもなんだが、お前たちを祝いたくてここにきた。食堂に出されていた祝いの食事もケーキも持ってきている。今日のお祝いをしたい」 「「「えっ?」」」  リオとルカとハーラルトが驚いた声をあげました。  三人にとってレベッカの言葉は意外なものだったようです。  でもレベッカは朗々として笑います。 「前から話してみたいと思っていたんだ。今日の魔力闘技大会でますますそう思った。だから今日はお祝いをしよう」  レベッカの言葉に室内がシンッと静まり返りました。  でもすぐにルカが嬉しそうに賛成します。 「賛成です! それ大賛成です! リオも一緒にお祝いしょう! まずみんなで乾杯しようよ!」 「お、おいっ、無理やりグラスを押し付けるなっ。まだ祝うって決めたわけじゃないっ」 「いいじゃん、いつも僕たち二人だけでちびちびお祝いしてたんだし。みんなでお祝いするともっと嬉しいよ。ほらちゃんとグラス持って!」  ルカが無理やりリオを巻き込みました。  ハーラルトにはレベッカがグラスを渡します。ハーラルトは拒否しようとしましたが。 「先輩命令だぞ? たまには付き合え」 「横暴だ」 「これくらいでなければお前は誘えないからな」 「乾杯!」 「カンパイ!」 「……乾杯」 「……乾杯」  四人の乾杯が聞こえました。  楽しそうなレベッカとルカ。  ぶっきら棒な声色のリオとハーラルト。  でも四人はとても楽しそう。  私とゼロスは扉越しに四人の楽しそうな声を聞いていました。

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