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Episode3・うららかな昼下がり、北離宮の主人は33
「イスラとゼロスもおかえりなさい。お疲れさまでした」
「ただいま、ブレイラ」
「ブレイラ、ただいま。つかれた〜」
イスラとゼロスが私のところに来てくれます。
順番に私に挨拶してくれました。
私の前ではいつも通りに振る舞ってくれるけれど、やはりイスラやゼロスにとっても大変な定例会議だったようですね。
私に抱きついてきたゼロスがどっと体重を乗せてきて、よろり……とよろけてしまう。
「わあっ」
「ああごめんねっ、大丈夫?」
ゼロスが慌てて私を支えてくれました。
……情けない姿を見せてしまいました。同じくらいの背丈ですが体重が違うのです。
「大丈夫ですよ。大きくなりましたね」
「まあね。でもブレイラを見たら安心しちゃって」
「ふふふ、そういうところは変わりませんね」
甘えん坊で寂しん坊、そういうところは大きくなっても変わりません。
頬をひと撫でしてあげるとくすぐったそうに目を細めて、ああその顔も変わりません。可愛いですね。
私はゼロスに笑いかけて、ハウストを振り返りました。
「ハウスト、精霊界でなにかありましたか?」
「…………問題ないと言いたいが、さすがに無理がある事態が起きている」
「あなたがそんなふうに言うなんて」
「座ってくれ、お前にも話しておく」
促されて私はソファに座りました。
隣にはハウストが座ってくれます。その反対側にはクロードが私にぴたりとくっついて座りました。
イスラとゼロスはそれぞれ一人がけのソファに座ります。
「世界各地で原因不明の事象が起きていることは知っているな」
「はい、突然洞窟が出現したり、ひと晩で湖の水が消失したり。人間界では崖だった海岸線が砂浜に変わっていたり、精霊界では河川の流れが変わったり。ほかにもいろいろ起きていましたよね、三ヶ月前に行った王立士官学校での召喚獣暴走もその一つだと正式に認められたとか」
三ヶ月前に私とゼロスとクロードは王立士官学校へ視察に行きました。
その時に学校で飼育していた召喚獣が突然暴走したのです。専門家によって調査されましたが原因不明とのことでした。
「その事象については相変わらず原因不明だが、もしかしたらそれの引き金かもしれないことが起きている」
ハウストはそこで言葉を切ると険しい顔つきで続けます。
「レオノーラが沈んでいる海底に熱反応が確認された」
「え?」
頭が真っ白になりました。
レオノーラが沈んでいるのは深い深い海溝の海底。その海底にある巨大な裂け目のさらに下。星の核に限りなく近い場所。
深海の闇などまだぬるい、圧倒的な漆黒と孤独の世界。そこに祈り石となったレオノーラが封じられているのです。
「そ、それはいったいどういう意味ですか? 熱反応ということは、そこに何かがあるということですよね……?」
冷静にならなければと思うのに混乱してしまう。
現在レオノーラが沈んだ海域は四界の王たちの厳重な管理下に置かれ、魔界と精霊界と人間界の研究者や士官が監視していました。なにか異変があればすぐに四界の王に報せがあるのです。
そして、海域を監視していた研究者が熱反応を発見しました。
この熱反応がなにか分かりません。海の生物である可能性だってあるのです。
でも単純に海の生物だったと判明した場合、定例会議から帰ってきた三人がここまで深刻な様子をみせることはないでしょう。
「精査してみなければ分からないが、生物というより鉱物である可能性が高い」
「っ……」
胸が締め付けられるようでした。
十万年以上変化のなかった海域に、突如として鉱物が熱反応を示しだしたのです。
それは、あの場所で何かが起きているということ……。
「レオノーラ様になにかあったんじゃ……」
「それは調べてみなければ分からない。近日中に専門家が潜水して熱反応の原因をたしかめることになる」
「潜水? ではその熱反応は潜水可能な場所で起きているということですか?」
少しだけ安心して聞きました。
レオノーラが祈り石として沈んだ場所は海溝の裂け目の更に下なのです。そんな場所に四界の王以外が潜水することは不可能。魔族や精霊族であろうと水圧に押しつぶされてしまいます。
「ああ、直接目視することが可能な深さだ。だが場所はレオノーラが沈んだ位置とほぼ同じ」
「レオノーラ様の祈り石の真上ということなんですね……」
もし祈り石の異変が原因で熱反応が起きているとしたら、それは世界にとって脅威の事態でした。
私たちは十万年前の初代時代で星の真実を知りました。
現在の繁栄があるのは、十万年前にレオノーラが祈り石になって星を守ってくれたから。
レオノーラが祈り石になって地殻の穴を塞ぎ、星の核エネルギーの暴発を抑えてくれているからです。レオノーラは星に十万年の正常をもたらしてくれました。
でも、それは永遠に続くものではありません。
レオノーラの力が尽きた時、星の核エネルギーが暴発して世界は生物の住めない星となる。生きとし生けるものはすべて死に絶えて、訪れるのは星の終焉。
「ブレイラ、まだすべてがそうだと決まったわけじゃない。熱反応は海底火山の可能性もあれば、未知の鉱物である可能性だってある」
「そうですね……」
私は頷いてハウストを見つめました。
ハウストはそう言ってくれたけれど、互いにそれがこの場を和ます優しい慰めでしかないことを分かっていました。
この時代で十万年間封じられていた初代時代の禁書が出現しました。
そこに残されていた初代精霊王リースベットが綴った一文。
『全ての禁書が揃った時、終わりと始まりの時への道が開く。道を辿ることは真実を辿ること、行きつく先に終焉を知るだろう』
この一文が指す意味は、私たちが初代時代へ時空転移して星の真実を知るという意味でした。
ではなぜこの時代に封じられていた禁書が出現したのか……。
その事実に想像してしまう。十万年間守られ続けていた星の正常の均衡が崩れようとしているのではないかと……。
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