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和樹 Side

静かな夜だった。受験勉強の合間にふと顔を上げると雲一つない空にいくつもの星が瞬いているのが見えた。 昼前迄雨が降っていたからだろうか? 空気が澄み渡っていて青白い満月が今日は一層美しく煌々と辺りを照らしている。 ウインターカップ予選敗退が決まってから早一週間。未だに自分のバスケが終わってしまったのだと言う実感が湧いてこない。 ほんの1か月前まで、自分たちが予選敗退するなんて考えたことも無かった。 絶対的エースの雪哉が大会直前の練習試合で負傷するなんて誰が想像しただろう。 左足首の捻挫だったが、捻り方が悪かったらしく全治3週間の診断だった。雪哉はギリギリまで出場したいと訴えていたけれど、バスケ部監督である透がそれを許さなかった。 1回戦は苦戦しながらなんとか勝利を掴んだものの、奇跡がそう何度も続くはずもなく2回戦で敗退。 結局、全国大会出場の夢は叶わず、そのまま引退となってしまった。 「案外あっけなかったな……」 二年から始めたバスケット。最初はただ透に会いたいと言う邪な気持ちから入部したが、毎日吐くまで努力し雪哉を筆頭にいい仲間達にも恵まれていた。 初めての練習試合で自分のパスが通り、雪哉が流れるようなモーションで綺麗な3Pシュートを決めた瞬間の興奮を今でも覚えている。 相手の動きを読み取って、素早くボールを奪う時の快感。基礎練は単調で正直嫌いだし、シュートはまだまだ苦手だけど、全体の動きを読んでチームに貢献できた時の喜び、バッシュのスキール音や試合のピリッとした緊張感が何よりも楽しかった。 もっと上手になりたい。もっともっと練習してレギュラーを勝ち取って、そして全国に行けるところまで行きたかった。 最後の試合は手も足も出なかったわけじゃない。エース不在で得点力に欠けたのが最大の原因だ。自分がもっと雪哉みたいにシュートが上手かったら、もっと基礎練を頑張っていれば……。 2年からじゃなくて1年からバスケ部に入部していたら……。後悔しても遅いのはわかっているが、どうしても考えてしまう。 一体、いつから自分はこんなにバスケットが好きになったんだろう? 一年の頃はわざわざ汗をかいて迄スポーツするより友達と遊んだり、どうやったらモテるのか考えるのに忙しかったのに。 「あー……バスケ、したいな」 一度そう思ってしまったら、もう我慢できなかった。 ペンを置いて、バスケットボールを手にこっそりと部屋を抜け出す。 「カズ、あんた何やってんの、こんな時間に……」 玄関で靴を履こうとした段階で声を掛けられ、びくりと身体が強張った。 錆びついたロボットのようにギギッと顔だけ向けると、顔にパックをしながら歯ブラシを口に咥えている姉の美咲が呆れたような目で自分を見ていた。 「姉ちゃん……。えっと……。ちょっと、息抜きに……」 「こんな時間から?」 「うっ……」 そう言われると、ちょっと困る。確かにもうすぐ21時になる頃だし、明日も学校があるから外に出てウロウロしていい時間帯では無い。 やっぱりダメかなぁと肩を落とし靴を脱ごうとしたその瞬間。 「あー、そう言えばハーゲンダッツの新作出てたんだった。 食べたいなぁ。ストロベリーホワイトショコラ。何処かの可愛い弟が買ってきてくないかなぁ?」 「へ?」 「受験でストレス溜まってるんでしょ? まぁ、あたしも受験の時息抜きしたい~って思った事何回もあるし。 時間帯的にちょっとアウトな気もするけどまぁ……。偶にはいいんじゃない? ハーゲンダッツ一個で今回は見逃してあげる」 パチンとウインクされて、思わず頬が緩む。 「姉ちゃんありがとう!」 「ストロベリーホワイトショコラだからね! 忘れずに買って来なよ? 間違ってたら絞めるから。 あと、日付が変わる前には戻っておいで」 「っ、わかった。サンキュ、姉ちゃん!」 持つべきものはやっぱり姉だと慌てて財布を取りに戻り、ポケットに突っ込むと、自転車に乗って夜の街へと飛び出す。目指すは近所のミニバスコート。この時間帯ならきっと空いているはずだ。

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