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頭痛の種 5

「あら、怖い顔。せっかくのいい男が台無しよ」 身長差がある為にどうしても上目遣いで見つめられる形になってしまう。普段はそれが可愛いと思えていたのだが、まるで他人事のようなさらりとした口調で衝撃の告白をする奏多を、透は信じられない思いで見つめる。 昨日の今日でいきなり結婚を決めるはずが無いから、恐らく透は二股を掛けられていたのだろう。だが何故? 一体いつから?   彼女の態度に怪しい所なんて全く無かったし、今の今まで普通に接していたから、全く気付かなかった。 透の頭の中でぐるぐると疑問が渦巻き、混乱して上手く言葉が出てこない。 「だ、誰と……?」 「英語の相川先生。私、妊娠してるの……。3カ月だって」 嬉しそうにお腹を擦る彼女の姿に鈍器で殴られたような眩暈を覚えた。 言われてみれば確かにここ最近、奏多の様子がおかしかった。いつもなら必ず残業前に一声掛けてくれるのに、その日に限って何も言わずにさっさと帰ってしまったり、デートの約束を忘れてしまったりした事が何度かあった。 その度に忙しいから仕方がないと自分に言い聞かせていたが、まさか浮気されていたとは思いもよらなかった。 いた、彼女に限ってそれは無いと思い込んでいたのかもしれない。 「そ、そうか……それは、おめでとう」 動揺を隠し切れずに引きつった顔のまま、小さくため息を吐いてからそう答えた透を、奏多が不思議そうな顔で見返してくる。 「あら、随分あっさりしてるのね? もっとごねるのかと思ったのに」 一体何様のつもりだろうか? なぜ、仕事帰りに、人が行きかう道の真ん中で立ったままこんな話を聞かされなければいけないのだろう。 奏多が今までどんな気持ちで自分と付き合っていたのかと思うと、怒りが込み上げてきた。 だが、ここで感情的になってしまえば相手の思うつぼだ。なるべく冷静さを装いつつ、透はゆっくりと口を開いた。 「まぁ、子供もいるのなら仕方がないさ。いいよ、別れよう」 努めて平静を保って返事をし、くるりと踵を返して歩き出した。 内心腸が煮えくり返るほど悔しくて悲しくて、涙が出そうになるのを必死に耐え、足早に駅へと向かって歩く。 あんな女だったなんて思わなかった。 ようやく、生涯を共に出来そうな女性と巡り合えたと思ったのに――。悪い夢なら今すぐに醒めて欲しい。 もう、何も信じられないし、何も考えたくは無かった。

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