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お見舞い 5
「たっだいまぁ。カズ~お土産買って来たよ!」
「っ!」
階下から聞こえて来る大きな女性の声に驚いて、後数ミリで唇が触れ合うと言う距離を慌てて離れた。
「か、帰るか……ッ!」
慌てて部屋から出ると、和樹の姉がちょうど階段を上がってくるところだった。
「あれっ? マッスーじゃん! 久しぶり~。なに、家庭訪問? カズなんかやらかしちゃった?」
「えっ、いや……っ、ちょっと具合が悪いみたいで、プリントを届けに来ただけで……」
彼女は、自分の元教え子の一人だ。昔から勘が良く、和樹と同じように悪戯好きな一面も持っている。
「ふぅん? って、マッスー顔赤いよ? 和樹の風邪、うつっちゃったんじゃない?」
「っ、ハハッそりゃ困るな。じゃぁ俺、戻るから……ッ」
不思議そうに顔を覗き込んで来る彼女から逃げるように視線を逸らし、透は慌てて外に出た。
外は既に真っ暗だ。冷たい風が頬を掠め、熱くなった頬を冷ましてくれる。
和樹の家の玄関先で、透は深い溜息をつくとその場にズルズルとしゃがみ込んだ。
さっき、姉が帰って来なかったら自分は和樹に何をしようとした?
自分の行動を振り返り、透は激しく狼狽した。
和樹は大切な生徒で、それ以上でもそれ以下でもない。
なのに、どうして……。
ドクンドクンと心臓が煩いほどに鳴り響く。
「――マジかぁ……」
熱くなる顔を隠すように俯いたまま、透は暫くその場を動けずにいた。
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