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楽しい夜は 2
「っ、和樹てめ……っ」
「あ、やべ……っ忘れてた。腰、大丈ブッ」
振り向くと同時に拳骨を落としてやれば、和樹は額を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「酷い……っ」
「酷くない! この馬鹿!」
アキラの目の前でそんな会話をしたら怪しまれるどころの騒ぎじゃない。
チラリと視線だけ向ければ、案の定アキラはニヤニヤと意味深な笑顔を浮かべてこっちを見つめて来るではないか。
「馬鹿って……。あのさ、マッスーん家に筆箱忘れて来ちゃったんだけど、今夜取りに行ってもいい?」
(おいこら……っ)
今更何言ってんだよ!? 今朝あれほど忘れ物するなと言っておいたのに! 思わず心の中で突っ込みを入れる。なんでわざわざアキラの前でそれを言うのか。
「んんっ、そ、それは明日持って来てやるから、取り敢えず今日は誰かに借りとけ! つか、いちいち言いに来るな」
頼むから空気を読んでくれ。
暗にそう告げると、和樹はキョトンと目を丸くした後、少しはにかんでポツリと言った。
「だって、少しでもマッスーの側に居たかったし……」
「…ッ…」
キュンっと胸の奥が締め付けられる。不意打ちでそういう事を言われると弱い。……じゃなくて!
「いいから、早く教室に戻れ!」
「ちぇ、はーい」
渋々と職員室から出て行く和樹を見届けて、思わず額に手を当てる。
「へぇ、昨夜は随分お楽しみだったみたいだなぁ……。そうかそうか、そりゃイレギュラーな予定なんて把握できないよな」
「ッ、うるさい! 勉強がわからないって言うから少し教えてやっただけだ! 誤解のあるような言い方はやめろっ」
「へぇ~……」
絶対信じてないだろ。その顔やめろよ。
じとーっという効果音がぴったりな目つきで見つめてくるアキラの視線が居た堪れない。
「なんだよ」
「べっつにぃ? ま、頑張れよ。透先生」
ポンと腰を少し強めに叩かれ、うっと呻き声が漏れる。
「さぁて、と授業、授業っと」
睨んで文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、アキラは憎たらしいほどの笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。……絶対わざとだろアイツ。
その後も顔を合わせるたびにずっとニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるものだから、透の顔からは終始苛立ちが消えなかった。
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