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新しい生活4

「今日は俺、自分の家に帰ろうと思うんだ」 放課後、帰り支度を終えた和樹が突然そう切り出した。 思わず車のドアを開きかけた透の手が止まる。 「えっ!?」 今朝、あんな事を言ってくるくらいだから、当然今夜も家に泊まるつもりなんだろうと思っていた。 むしろ疑う余地もなくそう思っていたから、まさかの宣言に驚きが隠せない。 「と言うか、実習期間中は家から通うことにするよ」 「……そ、そうか」 なぜいきなりそんな事を言い出したのだろう?  今まで、離れろ、帰れ!と何度言っても言う事を聞かずにくっついて離れなかったのに…… まさかとは思うが、自分以外に気になる女でも出来たのだろうか? ああ、そういえば今日は初日なのにやたらと女子に囲まれていた気がする。 まさか、アイツに限ってそんなことあるわけがない。 そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡るが、一度浮かんできた疑念はなかなか消えてくれない。 やはり男の自分はJKの持つ魅力には敵わないのか……。 そんな事にまで考えが及び悶々としていると、それを見た和樹が透の額にデコピンをかました。 「いたっ」 「たく……また変な事考えてたでしょ。 俺が好きなのはマッスーだって、散々言ってるのに」 怒ったような怖い顔をしてそんな事を言う。 「俺は別に……」 「誤魔化さないで。ずっとマッスーの事見てきたから、大体考えそうな事くらいわかるよ」 そう言われて仕舞えば返す言葉が見つからない。 「今日初めてやってみてさ、色々と準備不足だと思って。もっとちゃんと本格的に授業の内容とか詰めとかないと明日からの実習に影響が出そうだからさ……。一人で考えてみたいんだ。マッスーに手伝って貰ってたら俺はいつまで経っても独り立ち出来ない気がするし」 ああ、いつの間にそんな風に考えられるようになったんだろう……。 数年前まで、勉強が嫌だとか、始めてもすぐに休憩しよう!と言っていた彼とはとても同一人物には思えない。 「お前もちゃんと成長してたんだなぁ」 「ふはっ、何それ。マッスーおじさん臭いよ」 感慨深げに呟くと、くつくつと笑いながら和樹が愛しそうな視線をこちらに向けてくる。 「早く、マッスーに一人前の男として認めて貰いたいんだ。だから……俺、頑張るよ」 「そっか……頑張れよ」 月並みな言葉しか出てこないのが歯痒いが、今はただ、彼の決意を心の底から応援したいと思った。

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