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第2話 するなら、触ってあげますよ
うつむいたまま、律は膝に乗せていた両手を握りしめる。
「経験しなくたって、たいていのことは書けます」
「それは経験していないから、言えるんですよ」
橋田の声がひどく冷たく聞こえた。律は顔を上げる。
橋田の瞳が、鈍く光ったような気がした。
「一度味わったら、変わりますよ」
橋田はその黒い瞳で、何を見てきたのだろう。そのたくましい肉体に、何を刻んだのか。
「律先生。きみも必ず、変わります」
律は何も言わなかった。カップに手を伸ばそうとする。
その手を、橋田がつかむ。決して離しはしないといわんばかりの強さだった。
「変わりたくありませんか、律先生」
変わるのは怖い。変われない苛立ちを原稿にぶつけているのだと言いたかった。でも、臆病な自分を見せたくない。
「律先生。私はね、変わりましたよ。きみに出会って」
律の手を握ったまま、橋田は立ち上がる。
「律先生。きみに恋しているんです」
テーブル越しに見上げる橋田の顔は、真剣そのものだ。冗談を言う雰囲気ではなかった。
律は言葉を失った。
自分が誰かに好かれるなどと思っていなかったからだ。
橋田は黙っている。手を握る力が強まったように感じた。
「……恋愛作家を口説くなんて、すごい勇気ですね」
皮肉を込めたつもりだった。だが橋田は微笑んで、言った。
「本気だからですよ。律先生」
逃げたいと思った。でも、できなかった。
橋田の瞳の奥にある熱量に、圧倒されていた。
「……僕は」
やっと出た声は震えていて、情けないものだった。
「……自分の気持ちがわかりません。告白されるなんて、初めてだから……」
「そうですか。なら、私が教えてあげましょう」
橋田の指先が、律の頬に触れた。反射的に肩をすくめた律を見て、橋田は笑う。
「律先生。愛しています」
その言葉を紡いだ唇が、ゆっくりと近づいてくる。律の耳元で、橋田は囁いた。
「場所を変えましょうか」
律は頷いた。
「……はい」
店を出て、タクシーに乗り込むまで、ふたりは一言も交わさなかった。
「どちらまで」
運転手が振り向くと、橋田は律のアパートの住所を告げる。
車内は無音だった。律は自分の指先を見た。
さきほどまで握られていた手が熱い。手を開いたり、握ったりした。目を閉じて、息を吐く。
また手をつなぎたいと、願ってしまった。
「お客さん、着きましたよ」
いつの間にか眠っていたようだ。律は慌ててシートベルトを外す。橋田は料金を払って車を降りる。律もあとを追う。
橋田は律の部屋のドアの前で止まると、振り返る。
「律先生、鍵を」
「……はい」
律はカバンから部屋の鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。
「失礼します」
橋田は靴を脱いで部屋に上がると、律をベッドに押し倒した。
「は、橋田さ……」
「律先生」
唇を塞がれる。舌が絡み合う。
律にとって、初めてのキスだった。橋田の舌は、湿っていて熱かった。くちづけがより深くなると、律は声を漏らした。
律の背中を辿っていた橋田の手が、腰へと降りていく。大きな手のひらで律の体を撫でる。
その愛撫が、これからはじまる快楽を予感させる。律は身を震わせた。
息継ぎの仕方がわからない。苦しくて、頭がぼうっとしてくる。
突然、橋田は唇を離した。互いの唾液が糸を引いた。
律は橋田の下で、荒い呼吸を繰り返す。橋田は、律のシャツのボタンを外していく。
シャツをはだけさせると、白い肌があらわになった。
「綺麗だ。男とは思えない」
「お世辞はやめてください」
「いいえ、お世辞ではありませんよ」
律の鎖骨に、橋田の唇が押し当てられる。そのまま強く吸われた。
「ん……!」
一瞬、痛みを感じた。吸ったところに、橋田は舌を這わせる。
「痕をつけました」
橋田は満足気につぶやくと、律の胸に顔を寄せる。
「あ……」
胸の先端を舐められて、律は思わず声を上げた。
「かわいい声だ」
「やめてくださ……あ、あん」
乳首を噛まれて、律は体を震わせる。痛かったはずなのに、甘い痺れが体中を駆け巡った。
ふれられて、感じる。
自分の体が、小説の男女と同じだと律は初めて知った。
「ん……あ」
「きみは胸だけで、こんなになるんですね。下も触ってほしいですか」
律は何も言わずに、頷いた。
「そうですか。なら、私とセックスしたい?」
橋田は笑っている。
いつもとちがう、歪んだ笑みだった。
「するなら、触ってあげますよ。どうです?」
「え……」
「いやなら、このまま胸をいじるだけ。律先生、選んでください」
律が答える前に、ふたたび乳首を口に含んだ。
「ああ」
「ほら、早く決めないとずっとこのままですよ」
「そ、そんな……あ、あ」
「返事ができないんですか」
律は目に涙を浮かべた。快楽に流されまいとした。でも、体が疼いて仕方がない。
もっと刺激が欲しい。
「したいです……お願い……」
「何をですか」
「セッ……クス……」
羞恥に耐えながら口にすると、「よくできました」という声とともに、下半身に手が伸びてきた。スラックスを脱がされて、下着の中に手が侵入してきた。
「濡れてる」
先端から、蜜があふれていた。恥ずかしくて目をそらすと、視界の端で橋田が笑った。
「こっちを見てください」
律はおずおずと視線を戻す。
「ちゃんと見てくれれば、たくさん気持ち良くしてあげる」
律は橋田の目を見つめた。瞳のなかに自分がいるのが見えた。
「律先生……」
「ん、ん」
「私の目を見てください」
「はい、あ……」
橋田は熱っぽいまなざしで、律を見ている。
「愛してる……」
橋田の手が動く。粘りのある音が部屋に響いた。
律の背中から腰にかけて、痺れるような快感が走る。他人に触ってもらうという興奮なのか、いつもより早く昂ってしまう。
快楽の[[rb:頂 > いただき]]が訪れるのは、もうすぐだ。
「律先生、愛してる」
「は……い」
その瞬間、全身が震えた。
「……あ……あ……ああ」
律は橋田の手の中で達した。
絶頂の余韻で力なく横たわる律の腿を、橋田が開いた。
「ん……」
滑りをまとった指が、律の窄まりにふれる。まだ固い蕾の周辺を、焦らすようにゆっくりと撫でる。
「律先生。男同士のつながり方は知っていますよね?」
「……はい」
橋田が何を求めているか、わかる。
自分はこれからもっと、恥ずかしいことをされる。律は目を閉じた。それを了承と受け取ったのか、橋田が太い指を挿れた。
「ん……」
受け入れるところではない箇所は、指一本でも違和感があった。軽い痛みもある。でも、律は耐えた。
橋田は唾液を絡めながら、律の中で指を動かしている。
丁寧な愛撫は続いた。
「あ、あ……」
やがて律の反応が明らかに変わった。
中も、橋田の指を引き留めるように締めつけている。
「ん……」
自分の声が恥ずかしくて、律は手の甲で口を押さえた。そうでもしないと、みっともない嬌声を放ってしまう。
それくらい、橋田の指はよかった。ただ指の挿入を許しただけなのに、こんなに感じてしまうなんて。
(もし橋田さんのが、僕の中に入ったら……)
より激しい快楽を与えてもらえるかもしれない。
ずっと誰の肌も知らなかった。溺れてしまうほどの愉楽を味わいたかった。
「橋田、さん……もう大丈夫、ですから」
求める声は自分でもびっくりするほど、うわずっていた。
「そう? じゃあ」
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