2 / 5

第2話 するなら、触ってあげますよ

うつむいたまま、律は膝に乗せていた両手を握りしめる。 「経験しなくたって、たいていのことは書けます」 「それは経験していないから、言えるんですよ」 橋田の声がひどく冷たく聞こえた。律は顔を上げる。 橋田の瞳が、鈍く光ったような気がした。 「一度味わったら、変わりますよ」 橋田はその黒い瞳で、何を見てきたのだろう。そのたくましい肉体に、何を刻んだのか。 「律先生。きみも必ず、変わります」 律は何も言わなかった。カップに手を伸ばそうとする。 その手を、橋田がつかむ。決して離しはしないといわんばかりの強さだった。 「変わりたくありませんか、律先生」 変わるのは怖い。変われない苛立ちを原稿にぶつけているのだと言いたかった。でも、臆病な自分を見せたくない。 「律先生。私はね、変わりましたよ。きみに出会って」 律の手を握ったまま、橋田は立ち上がる。 「律先生。きみに恋しているんです」 テーブル越しに見上げる橋田の顔は、真剣そのものだ。冗談を言う雰囲気ではなかった。 律は言葉を失った。 自分が誰かに好かれるなどと思っていなかったからだ。 橋田は黙っている。手を握る力が強まったように感じた。 「……恋愛作家を口説くなんて、すごい勇気ですね」 皮肉を込めたつもりだった。だが橋田は微笑んで、言った。 「本気だからですよ。律先生」 逃げたいと思った。でも、できなかった。 橋田の瞳の奥にある熱量に、圧倒されていた。 「……僕は」 やっと出た声は震えていて、情けないものだった。 「……自分の気持ちがわかりません。告白されるなんて、初めてだから……」 「そうですか。なら、私が教えてあげましょう」 橋田の指先が、律の頬に触れた。反射的に肩をすくめた律を見て、橋田は笑う。 「律先生。愛しています」 その言葉を紡いだ唇が、ゆっくりと近づいてくる。律の耳元で、橋田は囁いた。 「場所を変えましょうか」 律は頷いた。 「……はい」 店を出て、タクシーに乗り込むまで、ふたりは一言も交わさなかった。 「どちらまで」 運転手が振り向くと、橋田は律のアパートの住所を告げる。 車内は無音だった。律は自分の指先を見た。 さきほどまで握られていた手が熱い。手を開いたり、握ったりした。目を閉じて、息を吐く。 また手をつなぎたいと、願ってしまった。 「お客さん、着きましたよ」 いつの間にか眠っていたようだ。律は慌ててシートベルトを外す。橋田は料金を払って車を降りる。律もあとを追う。 橋田は律の部屋のドアの前で止まると、振り返る。 「律先生、鍵を」 「……はい」 律はカバンから部屋の鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。 「失礼します」 橋田は靴を脱いで部屋に上がると、律をベッドに押し倒した。 「は、橋田さ……」 「律先生」 唇を塞がれる。舌が絡み合う。 律にとって、初めてのキスだった。橋田の舌は、湿っていて熱かった。くちづけがより深くなると、律は声を漏らした。 律の背中を辿っていた橋田の手が、腰へと降りていく。大きな手のひらで律の体を撫でる。 その愛撫が、これからはじまる快楽を予感させる。律は身を震わせた。 息継ぎの仕方がわからない。苦しくて、頭がぼうっとしてくる。 突然、橋田は唇を離した。互いの唾液が糸を引いた。 律は橋田の下で、荒い呼吸を繰り返す。橋田は、律のシャツのボタンを外していく。 シャツをはだけさせると、白い肌があらわになった。 「綺麗だ。男とは思えない」 「お世辞はやめてください」 「いいえ、お世辞ではありませんよ」 律の鎖骨に、橋田の唇が押し当てられる。そのまま強く吸われた。 「ん……!」 一瞬、痛みを感じた。吸ったところに、橋田は舌を這わせる。 「痕をつけました」 橋田は満足気につぶやくと、律の胸に顔を寄せる。 「あ……」 胸の先端を舐められて、律は思わず声を上げた。 「かわいい声だ」 「やめてくださ……あ、あん」 乳首を噛まれて、律は体を震わせる。痛かったはずなのに、甘い痺れが体中を駆け巡った。 ふれられて、感じる。 自分の体が、小説の男女と同じだと律は初めて知った。 「ん……あ」 「きみは胸だけで、こんなになるんですね。下も触ってほしいですか」 律は何も言わずに、頷いた。 「そうですか。なら、私とセックスしたい?」 橋田は笑っている。 いつもとちがう、歪んだ笑みだった。 「するなら、触ってあげますよ。どうです?」 「え……」 「いやなら、このまま胸をいじるだけ。律先生、選んでください」 律が答える前に、ふたたび乳首を口に含んだ。 「ああ」 「ほら、早く決めないとずっとこのままですよ」 「そ、そんな……あ、あ」 「返事ができないんですか」 律は目に涙を浮かべた。快楽に流されまいとした。でも、体が疼いて仕方がない。 もっと刺激が欲しい。 「したいです……お願い……」 「何をですか」 「セッ……クス……」 羞恥に耐えながら口にすると、「よくできました」という声とともに、下半身に手が伸びてきた。スラックスを脱がされて、下着の中に手が侵入してきた。 「濡れてる」 先端から、蜜があふれていた。恥ずかしくて目をそらすと、視界の端で橋田が笑った。 「こっちを見てください」 律はおずおずと視線を戻す。 「ちゃんと見てくれれば、たくさん気持ち良くしてあげる」 律は橋田の目を見つめた。瞳のなかに自分がいるのが見えた。 「律先生……」 「ん、ん」 「私の目を見てください」 「はい、あ……」 橋田は熱っぽいまなざしで、律を見ている。 「愛してる……」 橋田の手が動く。粘りのある音が部屋に響いた。 律の背中から腰にかけて、痺れるような快感が走る。他人に触ってもらうという興奮なのか、いつもより早く昂ってしまう。 快楽の[[rb:頂 > いただき]]が訪れるのは、もうすぐだ。 「律先生、愛してる」 「は……い」 その瞬間、全身が震えた。 「……あ……あ……ああ」 律は橋田の手の中で達した。 絶頂の余韻で力なく横たわる律の腿を、橋田が開いた。 「ん……」 滑りをまとった指が、律の窄まりにふれる。まだ固い蕾の周辺を、焦らすようにゆっくりと撫でる。 「律先生。男同士のつながり方は知っていますよね?」 「……はい」 橋田が何を求めているか、わかる。 自分はこれからもっと、恥ずかしいことをされる。律は目を閉じた。それを了承と受け取ったのか、橋田が太い指を挿れた。 「ん……」 受け入れるところではない箇所は、指一本でも違和感があった。軽い痛みもある。でも、律は耐えた。 橋田は唾液を絡めながら、律の中で指を動かしている。 丁寧な愛撫は続いた。 「あ、あ……」 やがて律の反応が明らかに変わった。 中も、橋田の指を引き留めるように締めつけている。 「ん……」 自分の声が恥ずかしくて、律は手の甲で口を押さえた。そうでもしないと、みっともない嬌声を放ってしまう。 それくらい、橋田の指はよかった。ただ指の挿入を許しただけなのに、こんなに感じてしまうなんて。 (もし橋田さんのが、僕の中に入ったら……) より激しい快楽を与えてもらえるかもしれない。 ずっと誰の肌も知らなかった。溺れてしまうほどの愉楽を味わいたかった。 「橋田、さん……もう大丈夫、ですから」 求める声は自分でもびっくりするほど、うわずっていた。 「そう? じゃあ」

ともだちにシェアしよう!