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1「勇者」と「魔王」 2

「これが『勇者』のやることか」    見下ろすハヴェルを睨みつけながら、魔王イルフィニアン――ことイルフィは苦々しく吐き捨てた。  森の奥深く、ここは魔王の屋敷――勇者ハヴェルに乗っ取られた屋敷の寝室である。  屋敷は「魔王の」という箔に反して地方領主程度の慎ましい敷地しかなく、その室内も取り立てて装飾のない至って質素な造りだ。数えるほどしかない調度のうち、壁際のベッドに仰向けで転がされたイルフィは、両手両脚を大の字に広げた格好で拘束されていた。  手首と足首を縛りベッドの脚に繋いでいるのは、ハヴェルの魔力によって作りだされた縄である。  腕力ではちぎれず、術者より強力な魔力での解呪が必要な代物。魔王イルフィニアンであれば造作もなく抜け出せるが、魔力を封じられただの人間同然となった今のイルフィでは、念じてももがいてもまるで歯が立たない。  魔力の喪失は、イルフィが魔力によって生成していた鎧やマントが消えることも意味していた。  身に纏っているのは、下衣である薄い布一枚だけだ。  上半身こそ覆っているものの、脚の付け根までしか丈がなく、しかもぴっちりと肌に密着する素材のため、その細くしなやかな体の輪郭を、裸以上になまめかしく強調している。 「勇者の役目はちゃんと果たしたよ。『魔王』を倒して、魔物達が国を襲うのをやめさせたんだ。それはイルフィが一番よくわかってるだろ?」  ベッドの端に腰掛けたハヴェルは、王城で畏まっていた時とは別人のように、打ち解けた様子でイルフィに話しかける。  イルフィの顔の横に手を置いて覗き込む瞳は穏やかな微笑に細められており、いっそ慈愛の眼差しである。  しかしその視線はねっとりとイルフィの体を舐め回し、ほんのり尖って布を押し上げる乳首や、股間の慎ましやかな盛り上がりを見つめては、卑猥な舌舐めずりをイルフィに見せつけた。  イルフィの銀髪はシーツに扇形に広がり、その陽に焼けたところのない白く滑らかな肌は、屈辱的な格好で捕らわれた怒りと緊張によって薄紅色に染まっている。  卵形の顔は鼻も唇も小ぶりだが、キリリと吊り上がった目はこぼれんばかりに大きくて勝ち気だ。紅色の瞳は宝石のように透き通って美しく、その美貌を人間より一段高みに引き上げている。 (どういうつもりなんだ、ハヴェル)  生け捕りという恥辱を受けながら、イルフィはそれ以上に混乱していた。十数年ぶりにハヴェルと再会してからずっとだ。  かつて、人間から魔物となったイルフィは、まだ子どもだったハヴェルを『捨てた』。  もう会うことはないだろうと思っていたのに、『魔王』となった自分の元に、あろうことか『勇者』となった彼が現われたのだ。  魔物化して肉体が歳を取らなくなった自分は十八歳のまま、そして別れた時には十にも満たなかった彼は大人の男になって。  記憶の中にいるのは、自分を兄のように慕ってくれていた幼い子どもだ。  純粋で控えめで怖がりで、いつも自分の服の裾をおずおずと握り締めていた。自分が守ってやらなければ。そう抱き締めたあの子と目の前の逞しい青年は、似ても似つかない。  いや、やはりその甘い目元には面影がある。  ……あってほしいと、自分が願っているだけなのかもしれない。

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