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1「勇者」と「魔王」 3
「『勇者』ならば、私の首を取って王に差し出せばいいだろう。昔のよしみで情けをかけたつもりか?」
内心の混乱と動揺をひた隠し、イルフィは居丈高な態度でハヴェルを睨みつける。
元より再会するつもりなどなかった。『魔王』に楯突く『勇者』であるならばなおさら、彼と昔のように心やすい間柄に戻ることなど叶わない。
かつては家族同然に暮らし、実の兄弟よりも親密であった仲なのに、イルフィはそんな過去をわざと踏みにじるかのように、長年演じ続けてきた露悪的な「魔王」の仮面を外さなかった。
「ひどいな、やっとイルフィを『魔王』から解放してあげられたのに。人間の討伐の対象になることもないし、下剋上を狙う魔物達に寝首をかかれる心配もないんだよ」
僕はイルフィを助けてあげたんだ。
覗き込んでくるハヴェルとの距離が至近にまで近づく。
呼吸が頬をくすぐるほどの間近に迫られ、イルフィは緊張で、そしてあろうことかハヴェルの色香に当てられて、肌が粟立つのを感じた。王国の女性達を惑わした甘くも雄を感じさせる美貌は、混乱の中にあるイルフィの目にすら美しく映る。
「僕はイルフィを取り戻したかった。僕を捨ててどこかにいってしまったイルフィをずっと探してたんだ。魔王イルフィニアンがイルフィだと知って、じゃあ『勇者』になれば会いにいけると思った。……そのためなら、何だって出来たよ」
「そんな、ことのために?」
彼を危険に巻き込まないために別れたのに、それが逆に自分への執着心を生んでしまっただなんて。イルフィは自分の選択が招いた結果に絶句する。
「“そんなこと”なんかじゃない。世界で一番大切なことだ。この世にたった二人だけ生き残った、大事なイルフィに会うことだけが、僕を支えてきたんだよ」
イルフィ、好きだよ。イルフィ、どこにも行かないで。
ねえイルフィ、どうして僕を置いていくの。
行かないでよ、イルフィ――――!
イルフィが彼を『捨てた』時、ハヴェルは泣いていた。
呼び覚まされた罪悪感が胸を苛み、イルフィはハヴェルの視線から逃げてしまう。
身を切られるような思いで泣きじゃくる子どもに背を向け、イルフィは人間としての自分を捨てたのだ。
魔物達を統べる『魔王』となって、自分達を悲劇の底に突き落とした人間達に復讐するために。
そしてそんな危険な道に、まだ幼かった彼を巻き込まないために。
だから、『勇者』として乗り込んできたのがハヴェルだと気づいた時には、この上なく驚愕した。どうしておまえが。何故人間の味方である『勇者』なんかになって私の元へ。動揺が隙を生み、『魔王』は『勇者』の剣に貫かれた。
しかしその一撃はイルフィの体を貫通したかに見えて、実際には魔力を封印する呪文を刃にこめた技だった。
――――魔法剣。
それは魔力と剣技を融合させた高度な術。本来ならば、魔物達の中でも剣技に秀でた一握りのものだけが使い得る奥義だ。
人間であるはずのハヴェルが魔法剣を使ってくるなど、イルフィは想定もしていなかった。
魔力をもたなければ魔法剣は使えない、しかし人間が魔力をもつなど有り得ない。
つまりハヴェルもまた、イルフィと同様に自身の血の中に眠る魔力を無理矢理目覚めさせたのだろう。魔物由来の異能を力の源にしていることを隠しながら、『勇者』として再びイルフィと相見えるために。
「やっと会えたね、イルフィ」
ハヴェルが両手で頬を包み込み、洞窟で聞いたのと同じ言葉を、万感の想いを込めてイルフィの唇に注いだ。
「んっ……んうっ」
かつて交わしていた親愛の挨拶とは違う、愛欲の味がする深い口づけにイルフィは身を捩って抵抗した。
「ハヴェル、やめろ。おまえとこんなことをするつもりは」
「僕はある」
するり、と。頬から首筋に滑った掌の感触に、イルフィはぞくりと背筋を波打たせた。
その手は布の上から鎖骨を、肩口を撫で、なだらかな胸へと下っていく。
「イルフィ、全然変わってないね。魔物になって体の時間が止まったから当たり前なんだろうけど。昔の綺麗なイルフィのままでいてくれて、嬉しいな」
掌の辿り着いたところにハヴェルが顔を寄せ、布越しの乳首に細い息を吹きかける。ビクリ、と震えた小さな粒はみるみる硬さを増し、まるで口に含んでくださいとばかりに膨らみを大きくした。
「な、何をする!」
露骨に性的な振る舞いに、イルフィは思わず声を荒げた。
しかし何より動揺したのは自分の体の反応だ。成長したとはいえ弟同然の彼にオスを感じてしまうだなんて、あまりにも恥知らず過ぎる。
「つれないな。子どもの頃は一緒に寝てくれたじゃない」
ハヴェルは気にする風もなくゆっくりと胸から顔を上げ、甘い瞳を細めてイルフィを熱っぽく見つめた。
「君に捨てられた僕が絶望せず生きてこられたのは、君と再会することを……そして君を男として抱くことを、夢み続けてたからだ」
ハヴェルはベッドに乗り上げ、イルフィの無防備な柳腰を跨ぐ。
見下ろす男の顔は、最早メスを前にした獰猛なオスのものだ。黒目がちな瞳に、じわじわと情欲の火が灯っていくのがわかる。
(何で……)
邪な視線で体を嬲られたことではなく、彼が自分を性の対象として見ていること――そして自分が、その視線にほのかながら快感を得ていることにイルフィは激しく混乱した。
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