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第10話
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目が覚めたらもうすっかり日が落ちて周りは薄暗くなっていた。
精霊達は道しるべのように身体を光らせて俺を出口まで導く。
トンネルは昼間でも不気味なのに夜になると更に増して不気味で早足でトンネルを抜けた。
明日からまたお店頑張ろうと決意して歩き出す。
すると誰かの話し声がしてびっくりして夜に明かりが灯るバーの影に隠れた。
…今はイノリだ、堂々とすればいいのに…まだ会うのが怖かった。
「なぁハイド、見回り終わったし久々に飲まねぇ?」
懐かしいリチャードさんの声に楽しかった日々を思い出し、また泣きそうになるが目元がまた腫れたら大変だから我慢する。
さっき俺は並んで歩くリチャードさんとハイドさんを見つけて隠れてしまった。
もっとハイドさんの顔が見たかったが、ハイドさんは勘が鋭い…もしかしたらイノリを瞬だと気付いてしまうかもしれない。
それだけはどうしてもダメだ、もし死んだはずの元恋人なんて現れたらハイドさんを困らせて幸せを壊してしまう。
…ハイドさんは婚約者の人と幸せになるべきなんだ…きっとハイドさんも瞬と居ても幸せになれないと思ったから婚約者のところに行く事に決めたのだろう。
傷付く資格なんて俺にはないのに、心が…痛い痛い…
そしてハイドさんの声が聞こえて心臓が飛び出るほど驚いた。
「飲みたきゃ一人で飲め」
「一人酒なんて寂しいじゃねーか」
バーを挟みハイドさんと俺が寄りかかる場所が同じになっているように感じた。
ハイドさんは勿論気付いていないが俺はハイドさんを背中越しでなにか伝わってくるようで、怯えていた。
…どうしよう、このままバーに入ったら鉢合わせしてしまう。
今すぐこの場から離れようとするが、足が動かない。
恐怖で石のように足が重くなってしまい思うようにいかない。
…それだけじゃない、きっとハイドさんに会いたい気持ちが勝っているのだろう。
必死に足と格闘しているとハイドさんが動く気配がした。
「付き合いきれない」
「ちょっ!!待てって!!」
影から覗くと二人分の足音と共に遠ざかる背中が見えた。
ホッとしたと同時にびくともしなかった足が軽くなり、普通に歩き出し家に向かう。
…まだ心臓がうるさいくらいドキドキしている。
本物のハイドさんの声は俺の知らない冷めたような声だった。
ハイドさんはやはり氷の騎士になってしまったのだろうか。
…それを知る事は臆病になっている俺には出来なかった。
その日の夜、布団にもぐると俺は怖い夢を見た。
ハイドさんがあの冷たい声で俺を拒絶していた。
俺は夢だけでもハイドさんに会いたかったのに、夢でも結ばれる事はないと言われたような気がした。
…ハイドさんは俺の事、邪魔な存在だと思っていた?
じゃあ…俺が死んで、いなくなって嬉しかった?
何故か幸せな日々より悪夢をハイドさんの本音だと思った。
心がぽっかりと大きな穴が開いて、冷たい風が吹き抜けるだけだった。
※ハイド視点
今日はリチャードと夜遅くまで見回りをしていた。
何も変わらない街並み、変わったのは俺だけなのだろう。
今はまだほとんどの人が覚えているが、月日が経つと瞬の事をだんだん忘れてしまうのか。
確かに瞬はこの世界に、俺の側にいた…それだけは揺るがない真実だ。
俺は絶対に忘れないが、姿が見えないだけで他の人達が忘れてしまうのはとても悲しい事だ。
今この場に瞬がいたならばきっと不安な気持ちごと俺を慰めてくれただろう。
今、俺がこうして立っていられるのも瞬の存在が支えてくれている…いてもいなくてもそれは変わらない。
見回りが終わり、すっかり暗くなってしまった。
俺はもう帰るだけだと思っていたがリチャードは酒屋をキョロキョロと見ている。
「なぁハイド、見回り終わったし久々に飲まねぇ?」
言うと思ったが呆れた顔をしてリチャードを見た。
今日見回り中なのに酒を飲んで酔っ払ってたのは何処のどいつだ。
唇押し付けてきそうになったから拳で沈めたのに忘れたのか。
酒を飲むとキス魔になるからリチャードとは酒を飲みたくないんだ。
女癖も酒癖も悪いとなるとどうしようもない男だと呆れる。
仕事中ぐらい真面目にならないものかと頭を抱える。
「飲みたきゃ一人で飲め」
「一人酒なんて寂しいじゃねーか」
いつも一人酒をして近くにいる女性にナンパしているくせによく言う…リチャードは知らないと思ってるだろうが、たまたま酒屋で飲んでいた非番の後輩騎士に目撃されていて俺に伝わるから分かっている。
リチャードがしつこいからすぐに帰るのは止めてバーに寄りかかる。
今は酒の気分じゃない、早くあの部屋に帰りたい。
帰りを待ってくれている人はいないが一人になりたかった。
リチャードには悪いが瞬がいないと楽しいと心から思えなくなった。
改めて俺の人生に欠かせない大切な人物なのだと思い知らされた。
「ハイド、たまには羽目を外して可愛い子との出会いをさぁ」
「付き合いきれない」
「ちょっ!!待てって!!」
リチャードの考えてる事が透けて見えて不快になり早足で帰る。
リチャードが再び俺を呼んでも無視して歩き続けた。
出会いなんて求めていない、俺は瞬しかいらない。
部屋に戻り服を脱ぎ捨て早々にベッドに入り瞳を閉じる。
明日シワになるとか考えてない…今は何もしたくない。
前は瞬が畳んだりクローゼットに入れたりしてくれていた。
『ハイドさん、おやすみなさい』
いつものように瞬にそう言われたような気がした。
最悪な悪夢を見ていた、いつもより酷い夢だった。
現実ではされた事がないが、瞬に拒絶される夢は妙にリアルだった。
…そして俺が独占欲をぶつけて瞬を籠の中に閉じ込める夢。
二度と瞬の心が手に入らないと言われているみたいで、気分が悪くなり目を開けて起き上がる。
…こんな夢を見るならリチャードと一緒に酒を飲むんだったと後悔するが、リチャードの酒癖の悪さを思い出し、やっぱり面倒だからいいやと思った。
夢は夢だ…確かに瞬を閉じ込めたい願望がないと言ったら嘘になるが、俺は拒絶されたくらいで諦める男ではない。
拒絶するのにも理由があり、何故自分が嫌なのか…直せるなら直したい。
もし、俺の存在自体嫌なら…死んでしまうかもしれない。
とにかく、俺は絶対に瞬を手放すような事はしない。
…なにがあっても、瞬を一番愛してるのは自分だと瞬の墓の前で数えきれないほど誓った。
「瞬、もし生まれ変わったらもう一度好きになってくれるか?」
返事はない…当たり前だ、この部屋には俺しかいない。
この部屋は瞬の部屋だ、俺は瞬の部屋で毎日過ごしている。
瞬の面影が消えてしまわないように、瞬の面影を探すように…
だからか毎日瞬の夢を見る、この部屋には瞬がいるような気がする。
幽霊でもいいから会いに来てほしい、もしかしたらもう成仏してしまったのだろうか。
瞬が大切にしていた俺の贈り物である花は枯らさず長持ちしている。
…いつか帰ってきた時に瞬が悲しまないように…
自分でも頭が可笑しいと思う、死んだ人間が帰ってくるなんて…
自傷気味に微笑み瞬が眠っていた枕に顔を埋める。
少しだけ、期待している事があった…可能性はゼロではない程度だが…
瞬はこの世界の人間ではなく、異界から来た人間だ。
死んで元の世界に戻って今でも生きてるのではないだろうかと…
もし、そうならまたいつか奇跡が起きて俺の前に現れるかもしれない。
元の世界を知らない俺はそうではないかと期待してしまっていた。
瞬さえいれば他はいらない、瞬も同じ気持ちだったのだろうか。
痛かったよな、苦しかったよな…助けられなくてごめん…今度があったら今度こそ君を守りたい。
瞬に触れるたびに瞬と繋がったような気持ちで、心地よかった…瞬も似たような事を考えてくれていたのだろうか。
瞬がいなくてもここにいるだけでこんなに愛が溢れてくる。
それは限界を知らない水のように器から溢れても溢れても注がれる。
その水は誰であろうが止められない、本人の俺でさえどうする事も出来ないのだから…
今度こそ幸せな夢を見させてくれとゆっくりと瞳を閉じた。
夢でぐらい幸せな気分で瞬に会いたいと思うのは当たり前だ。
夢の中でだと愛してると何度も囁き、瞬に触れられる。
永遠に夢から覚めたくないと思いながら俺は夢の中に囚われる。
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