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第12話
俺はお試し価格を言ったらあまりの安さにシヴァくんは驚いていた。
元々材料のあまりで作ったものだからお試し価格で十分だと思った。
シヴァくんの笑顔が見れた、それだけで作った甲斐があったと言えるだろう。
お金を払いクッキーの袋を持ち店を出ようとしたシヴァくんはふとこちらを見た。
手を振っていた俺は不思議そうにシヴァくんを見る。
忘れ物だろうかと首を傾げる。
「もし、なんか困った事があるなら言ってほしい…俺、君の力になりたいんだ」
「………ありがとう」
シヴァくんははにかみ今度こそ店を出た。
…ハイドさんの事は誰にも相談する気はないが、他の事ならいつか聞いてもらおうと思った。
シヴァくんのおかげで少し気分が晴れた。
昔も今も瞬とイノリは誰かに支えられている。
ふと、なんか体に違和感を感じた。
不思議に思い体を見るが特に変わった事はない。
気のせいかと思い客がやってきて笑顔で迎える。
ーーー
すっかり日が落ちて今日も在庫のお菓子が完売してこの生活にも慣れつつあった。
このまま何事もなくひっそりと歳を取り死んでいくのもいいかもしれないと思いながら外の看板を中に入れる。
明日はどんなお菓子を作ろうかな?と頭でシミュレーションする。
「…瞬様?」
ふと、そんな声が聞こえてつい条件反射で振り向いてしまった。
俺が振り返った事でその人はとても嬉しそうに微笑んだ。
…何故、彼はイノリを瞬だと気付いたのだろうか…
そしてこの時、振り返らなければなにかが変わっていたのだろうか。
俺はまだ、知らない。
後ろには瞬の時に世話係をしてくれていた青年だった。
彼はいつの間にか騎士を辞めていて、ハイドさんに聞いても「家庭の事情だろう」としか言わなかった。
家庭の事情なら仕方ないと思ってその後ハイドさわが代わりにいろいろしてくれて嬉しくて彼の事をすっかり忘れていた。
世話係をしていた期間も短くて正直彼の事をよく知らなかった。
久々に会い懐かしく思ったが、青年がもう一度瞬を呼び驚きで見開いた。
何故、彼はイノリを瞬と呼ぶのだろう。
…瞬の面影なんてない筈なのに…
怖かった、彼は何を知ってるのだろうか。
とりあえず誤魔化す事にした。
この秘密は誰にも知られてはいけない。
「…お、れは…イノリだよ?」
「いいや、瞬様だ…夢の中で瞬様が教えてくれたじゃないですか…お菓子屋の前で待つって…最初は半信半疑だったけど振り返ってくれた時に確信しましたよ」
つい振り返ってしまった事を後悔した。
過去を忘れて生きようと思ったのに、瞬を知る人に見破られるなんて…
それに夢の中の話は知らない、知るはずがない…俺には勿論そんな力はないからだ。
笑うその姿が瞬を殺したあの男と重なり震えが止まらなくなる。
なんだが彼が普通には思えずこれ以上瞬を知られないためにも早めに話を終わらせようと思った。
「ごめんなさい、俺…明日早いので…ほんとごめんなさい」
「…なんで、いつもそうだ…捕まえようとしたらすぐに逃げてしまう…罪づくりな方だ」
ぐいっと腕を掴まれ後ろに回される。
ギリギリと腕が痛い。
もがくが全然ビクともしない。
身体を密着して耳に息が掛かるのが気持ち悪い。
首にチクッとした感触がして首元を見たら注射器が見えた。
怯えていると低い声で囁かれた。
「大丈夫だよ、眠くなるだけだから」
ゆっくりゆっくり中の薬を入れられ頭がボーッとしていく。
膝から崩れ落ちてそれを青年が支えた。
愛しい者を見るような瞳で頭を撫でていた。
もう指先一つ動かない。
意識がだんだんと失われていく。
俺は何か選択を間違えたのだろうか…人生の選択を…
「これからずーっと一緒だよ、瞬」
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