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第15話
※イノリ視点
何も考えず、暗い闇の中で夢も見ていなかった。
ピチャンと冷たい雫が頬に触れ、あまりにも冷たかったから目を開けた。
…目を開けた筈なのにまだ暗かった。
頭がズキズキして、頭に触ろうとしたが手が動かない。
…何故か手を動かすと金属が擦れる音がする。
しかもここ、とても寒い…まるで冷蔵庫の中みたいだ。
俺は手が動かないまま床に寝ていた。
とりあえずなにがあったのか思い出そう。
そう、俺は声を掛けられて振り返ってロミオくんがいた。
…そこからの記憶が曖昧だった。
なにか注射されて倒れた…と思う。
コツコツと足音が響いて怖くて震えた。
壁に掛けてある蝋燭に火を灯し、一気に周りが明るくなった。
俺の目の前にいたロミオくんはしゃがみ、不気味に微笑んでいた。
もしかして、自分に恨みがあり復讐をしにきたのではないかと思っていた。
世話係だった時も時々ロミオくんが瞬を見る目は異常だった。
理由は分からないが、ロミオくんは瞬を恨んでいたからこんな事をするのかと思い周りを見た。
この部屋は壁も床もコンクリートで、窓もないから太陽が遮断され冷たい部屋のようだ…そして多分地下のような気がする。
ディスプレイに服や日用品なんかが飾られている。
そして血の気が引いた。
あの服は瞬の元の世界で着ていた服だ。
異世界の服に着替えた時になくなってしまった事を思い出す。
この世界とはデザインが異なるから間違いないだろう。
「おはよう、瞬」
いきなり声を掛けられてビクッと震えた。
その声は普通に友人に話すような軽いもので怖かった。
泣きそうになりながらもロミオくんを見るとうっとりと微笑んだ。
なにがそんなに楽しいのか、俺には一生理解出来ないと思った。
手足が拘束されていて逃げられる自信がない。
ロミオくんから距離を取ろうと後ずさるとガツンと硬いものに背中が当たった。
「俺の瞬に触るなっ!!」
なにが当たったのか見ようとしたらロミオくんに大きな声で怒鳴られて心臓が飛び出るほど驚いた。
今この状態で怒らせたら無事じゃすまなくなる。
カタカタ震えながらロミオくんが早足で近付いてくるから避けると俺がぶつかったものを大切に撫でた。
とうとう瞳から涙が溢れた。
なんでこれが此処にあるのか。
…それは…
「ごめんね、瞬…痛かった?」
ロミオくんは黒い棺を優しく撫でて棺の蓋を開ける。
…そこには死んだ時のまま腐敗していない瞬の身体があった。
この世界は海外と同じで仮装せず棺に入れて土に埋めると聞いた事があった。
だからその身体も土の中で眠ってなくてはならないものだ。
狂気に目を染めたロミオくんはこちらを見た。
申し訳なさそうに落ち込むロミオくんを数時間前までのようには見れなかった。
「大声だしてごめんね、でもその体は瞬じゃないから」
彼が言ってる意味が分からずただ見つめるだけだった。
ロミオくんは愛しげに瞬の死体の頭を撫でて唇に口付けた。
…その二人が恋人同士で失う辛さからの行動なら美しいのかもしれない。
俺にはただただ気分が悪くなるだけだった。
目の前で死体とはいえ自分の身体を好き勝手しているんだ、気分がいいわけない。
ロミオくんは囁くように呟いた。
「綺麗だろ、一年経つのに…特殊な薬品を使って腐敗しないようにしているんだ…瞬が帰る身体だからちゃんと元どおりにしなきゃ」
「…帰る、身体?」
「そう…夢の中でその方法も教えてくれただろ?今の身体から元の身体に戻る方法を」
そう言いロミオくんは瞬の棺に隠していたのか銀色に光るナイフを取り出して俺に向ける。
ロミオくんはどんな声を聞いたのか、それも妄想なのか今は考える時ではない。
逃げなくてはと本能が警告する。
きっと今死んだら、もう転生する事はない気がする。
…最後のチャンスを神様がくれたから、無駄にはしたくない。
しかし、立とうにも両足は縄で結ばれていて立てないしバランスよく立っても歩けないからすぐに捕まる。
…説得して、ロミオくんにやめさせようと思った…ロミオくんが聞き入れるかは分からないが…
「ロミオくん、俺を殺しても戻らないよ」
「…殺すんじゃない、瞬を助けるんだ…あの男から」
「助ける?…いったい誰から?」
「……俺はなんでも知ってるよ、ハイド・ブラッドに脅されて付き合っていた事も…本当は俺の事が好きなのに酷い男だよね」
いきなりハイドさんの名を聞き驚いていた。
そしてロミオくんがいなくなった原因のあの時何故ハイドさんを殴ろうとしたのかようやく分かった。
…ロミオくんはハイドさんを誤解している。
後半は何を言ってるのか分からなかったが俺は必死に首を横に振った。
「違う、違うよ…俺はハイドさんが好きだから一緒にいたかっただけだよ…」
「今も洗脳されてるんだね、可哀想に…俺が助けてあげるね…あの男は君を殺した事が証拠だ」
「俺が死んだのはハイドさんのせいじゃ…」
俺が言い終わる前に俺のすぐ横の壁にナイフを突き立てていた。
ロミオくんは怒りに震えていた。
俺がハイドさんの名を口にするのが嫌で狂ったように高笑いをした。
…何を話しても彼はもう聞いてくれないと心の何処かで思った。
死にたくない…敵国の騎士に殺された時は必死だったから死ぬ恐怖が薄かったが、今はちゃんと恐怖を感じる。
諦めたくないのに諦めなくてはならないこの状況に絶望した。
「大丈夫大丈夫大丈夫、俺が瞬の側にいるよ」
空いた手で俺の頬を撫でる。
大好きな温もりを感じない。
俺は死ぬ前にもう一度だけ、あの人に自分のお菓子を食べてほしかったと叶わぬ涙を流した。
きっとこれも運命だったのだろう。
…せめてハイドさんを想って死のうと覚悟した。
瞳を閉じて最後の時を待つ。
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