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ー至福ー104

 確かに、雄介の言う通り俺の記憶は大分戻って来たようにも思える。  そうだ何年か前、俺はデパート火災に遭って、記憶喪失になってしまった事がある。 そん時の俺達っていうのは、まだ付き合い始めたばかりで初めてのデートだったのだけど、デパートの一部が火事になってしまい、俺の方は記憶喪失になってしまった話だ。  雄介は本当にそこの話を一番に引きずっているのは気のせいであろうか。 いや、雄介にとってもその時の出来事が一番印象が悪かったからこそ覚えているという事だろう。  人間って記憶を失くすという事は、生きているのだけど生きていない事と一緒のような気がするからであろう。  俺だって、雄介がもし記憶喪失になってしまったら、そう思うのだから。 「え? あ、ああ……そうなのかもなぁ。 そう思うと、過去の事を思い出せるっていうのはさぁ、いい事も悪い事も思い出してしまうっていう事になるんじゃねぇのか?」 「でも、記憶喪失になった事のない俺からしてみたら、元から、いい事も悪い事も直ぐに思い出せてしまうんと違う(ちゃ)の?」 「あ……」  確かに雄介の言う通りだ。 俺の場合、一回記憶喪失になってしまったのだから、記憶が戻って来ているのと同時にいい事も悪い事も戻って来ているのは間違いないのだが、普通に記憶喪失にもなった事も無い人からしてみたら、ずっと今まで遭った事は記憶として残っているのだから、雄介みたいな発言になるという事だろう。 「でも、お前との思い出なら、いい事も悪い事も思い出したいけどな」 「あ……」  今度は雄介の方が納得したような返事をしていて、思わず俺の方はクスリとしてしまっていたのだ。 「ま、そうやんなぁ……ほなら、望ん中で一番印象に残ってる思い出ってなんなん?」  まさかそんなフリを雄介にされるとは思ってなかった俺は、思わず雄介の方へと視線を向けてしまっていた。 「ん?」  そんな俺に気付いたのか、雄介の方も俺の方へと視線を合わせてくれる。  何だか、前よりも俺は雄介と視線を合わせる事が出来るようになって来たのは気のせいであろうか。  二人の視線が合わさると思わず二人共笑みが溢れてしまっていた。  これが本当の幸せなんだと思う。  こう何もかも二人の心が合わさった時、その二人に本当の幸せが訪れるっていう事なのであろう。  そういう時こそ、胸の高鳴りが最高潮になってきているのかもしれない。  こんなにも胸がはち切れる程、鼓動が高鳴ったのは初めてだ。  そんな幸せな時を感じているのも束の間。 「ちょ、待って……何や、急に頭が痛くなって来た気がするわぁ……」  そう言って頭を両手で押さえ始める雄介。

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