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ー未知ー206

「え? あー、そこで、食事にするのか?」 「さすがに、俺たちっていうのは、女性みたいに婚約指輪を渡すのにサプライズ的なことはせえへんけど……こう記念日みたいなもんなんやし、たまにはええねんやろ?」 「あ、あー……まぁ、それはそうなんだけどよ……」 「なんか、ノリ悪い感じせぇへんか?」  そう不思議な感じで見てくる雄介。  確かに俺だって展望レストランで食事をするのは嫌ではない。だけど俺の記憶が正しければ、あまりいい思い出がなかった場所だから、あまり思い出したくないというのだろうか。 「あー、雄介は、その……そこでのこと、覚えてねぇのか?」 「ん? そこでのことか?」  その俺の言葉で、やっとそこでのことを思い出そうとしているのか、天井へと視線を向ける。  もしかしたら、雄介だって思い出したくない過去だったから、頭の中で勝手に封印されてしまったのかもしれないのだが。 「あー、あのことかぁ……? 確かに、悪い思い出なのかもしれへんけど……今回は、それを消すようないい思い出の場所にしたら、ええねんやろ?」  その雄介のポジティブな考え方に、目を丸くする俺。  確かに、そういうふうに考えれば、そこにする意味はあるのかもしれない。 「んじゃ、その日は、その展望レストランにするか……」 「そやな……」  そう笑顔で言ってくれる雄介に、安心できたのはなんでなんだろうか。  でも雄介っていう人物は本当に不思議な人物にも思える。俺が言ったネガティブな言葉さえもポジティブな言葉にしてくれたのだから。  だからなのか、俺のほうも雄介へと笑顔を向けられたのかもしれない。  それから俺たちは一週間後に、再び一週間前に来た宝石店へと向かい、その足で展望レストランへと向かうのだった。  しかも前とは違うのは、一緒にその展望レストランへと向かっているということだろう。  前回の時は、まず、エレベーターでさえ別々に乗って来ていたのだから。  あの日、展望レストランで食べることを決めてから、次の日には予約をしていた。  そこにいる従業員に案内されて、俺たちは初めて会った席へと座る。  前と一緒で、階下には人工的な光が光っていた。  それに今日は二人ともスーツで来ている。  雄介は背が高いからなのか、何を着ても似合うのだが、今日の雄介は一段とカッコ良く見えるのは気のせいであろうか。 「ほな、何する?」  と聞いてくる雄介に、俺のほうは笑顔を向けるのだ。  こんな幸せな時を過ごすのは、本当にいつぶりなのであろうか。だから俺のほうは自然と笑顔になれていたのかもしれない。

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