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ー閃光ー48

 その瞬間、美里は俺の方へ振り向いてくれた。 「どうしたんです? そんなに慌てて……まだ、雄ちゃんが無理そうだったら、私はタクシーで帰りますから、そんなに急いで伝えに来なくても大丈夫だったんですけどね」  俺は美里が話している間に呼吸の乱れを整えつつ、言葉を続けた。 「今は、そんなことのためにここに来たわけじゃないんですっ! ゆ、雄介がっ……!?」 「……ん?」  俺の短い言葉では、さすがに何があったのか、美里には全く伝わっていないだろう。  俺は美里の側へ近づき、彼女が座っているソファの前で片膝をついて美里を見上げた。 「落ち着いて、聞いてくださいね……」  ある程度、呼吸は正常に戻したつもりだったが、それでも俺の額からは冷や汗なのかただの汗なのか、じわりと伝い落ちていく。  心の中では、今の雄介の状況を考えると動揺を隠せないが、今、きちんとその状況を美里に伝えられるのは俺しかいない。そう思いながら、真剣な表情で美里の顔を見上げた。  当然、美里は俺のそんな真剣な表情に、目をぱちくりとさせているだけだった。 「どうされたんですか?」  一瞬、固まっていた俺だったが、美里のその言葉にもう一度彼女を見上げた。 「えーと……あーと……ですね……」  本当に人間というものは、こういう大事な話の時には、言葉がなかなか出てこないものだ。  俺はもう一度深呼吸をして、とにかく今は美里に雄介の状況を知らせなければならないと思い、目を閉じた後に美里を見上げた。 「あの、ですね……まだ、はっきりとした状況は分からないのですが……多分、雄介の記憶が……無いというか……」 「……え?」  人間なのだから、そんな話をいきなり信じられるわけがない。  現に、美里は俺のその言葉に、裏声で答えたのだから。 「え? どういうことですか? 雄ちゃんの記憶が無いって……?」  そんなこと、ドラマ以外で見たり聞いたりすることはあっても、身内でそんなことが起きるなんて考えもしなかったのだから、動揺するのは当たり前だろう。  そんな話を美里としていると、美里の番号が呼ばれてしまった。 「あー、美里さん……? あなたの番号みたいですよ」  俺は視界に入っていた美里の番号を見て、記憶の片隅から引っ張り出して彼女に伝えた。 「あ、あー、そ、そうですね……ちょっと、とりあえず会計の方に行ってきますね」  美里はそう言いながらも、言葉に動揺が滲んでいるように思えた。  きっと美里も、俺たちとの付き合いが長いのだから、俺が嘘をつく人物ではないことは知っている。だからこそ、今の雄介の状況が嘘ではないと思っているからこその動揺なのだろう。

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