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ー閃光ー56

 俺と裕二は親子なのだが、五年以上前までは彼がアメリカで医者をしていたため、日本にはおらず、俺は日本に残って祖父と祖母と暮らしていた。だから余計に、父親である裕二が苦手ということもあり、突き放すような言い方になってしまうのは仕方がないような気がする。  裕二は自分が院長だということを忘れているのか、それとも院長だからこそ患者の立場になって話しかけているのかは分からないが、彼は雄介に向かい、中腰になって話しかけ始める。 「雄介君……? 大丈夫かな? 私は望の父親である裕二なんだけど……覚えてるかなぁ?」  と、裕二は言う。それは何だか、子供に話しかけているようにも思える。  でも、裕二からしてみたら、俺と雄介は子供のような存在なのだから、それでもいいのだろう。  裕二の質問に、雄介は首を傾げる。  そりゃ、当然だろう。俺が雄介に話しかけても、彼は分からない様子だったのだから、裕二が話しても、雄介が分かるはずがない。  しかし、雄介は裕二の言葉を聞いて、俺と裕二の顔を交互に見ているようにも思える。きっと、裕二が今、俺と彼が親子だと教えたからかもしれない。 「確かに、似てますよね? だけど、裕二さん? と望さん? の名前は分からないんですけど……?」  声は雄介なのに、言葉は敬語。確かに、仕事している時の雄介は敬語だが、普段の彼は関西弁なので、今の雄介にはかなり違和感を覚える。 「じゃあ、一たす一は?」  そこで俺の方が反応する。  だって、急に裕二が単純な質問を雄介にし始めたからだ。  一瞬、俺は裕二を驚いた様子で見つめたが、彼はそれに気付いたのか、俺に向かって唇の前で人差し指を立てた。  裕二に「静かにしてて」と言われたので、俺はとりあえず静かに雄介の答えを待つ。 「……あー、えっと……二ですか?」 「まぁ、そうだよねぇ」  裕二はその雄介の答えに納得したようだ。  それから、裕二は雄介に色々な質問を始める。すると、算数などの勉強に関することは今まで通り正常に頭が働いているようだが、俺たちの記憶や昔の思い出については全く反応がなく、むしろ雄介自身が悩んでいる様子だ。記憶がないのは、その思い出の部分だけなのだろう。 「そういうことね……」  裕二も納得したようだが、もちろん、裕二のそれぞれの質問に答えていく雄介も、そのことを理解したのだろう。 「一応、MRIを撮ってみるけど、多分、そっちの方では何も異常は出ないと思うよ……」  裕二はそう俺に伝えてきた。

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