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ー閃光ー68

 今の俺は、完全に記憶のない雄介から逃げてきた、ということになるだろう。それだと、前に俺が記憶を失くしたときの雄介の反省点と同じになってしまうのかもしれない。  脱衣所で洋服を脱いだ後、俺は思いっきり息を吐く。  今の記憶のない雄介と一緒に暮らしていくことに、自信がなくなってきたからだ。  本当に記憶を失くしてしまった人物っていうのは、今までの人物とは全くの別人になってしまっているような気がする。  これからの生活に支障が出てきそうな勢いまで、来てしまっているような気がするのだ。  俺はお風呂場へと入り、今日はシャワーを思いっきり頭から浴びる。  なんだか今日の俺っていうのは、頭をスッキリさせたかったからなのかもしれない。  雄介が記憶を失くしてしまったのは今日だ。これからの生活にどう影響してくるかなんて、分からない。だけど、記憶喪失なら上手くすれば明日にでも記憶が戻るってことだろう。  ふっと、そんなことを思った。  確かに和也にはそう言われたけど、やっぱり今まで一生懸命やってきた診療所を、俺たちのためだけに留守にするわけにはいかないような気がする。そんな簡単に俺たちのためだけにわがままが許されるわけがない。  雄介が記憶を失くしたことについては、もう頑張って自分一人で解決することはできないけど、どうにかしていかないといけないだろう。  そう決意すると、体を洗い、お風呂場を後にする。  きっと今、和也たちに電話をしても大丈夫だろう。  すると、雄介は既にベッドで寝息を立てて眠っていた。  その姿に安堵する俺。  今の雄介には、俺がついていけないからだ。  俺は自分の布団だけを持っていき、リビングにあるソファへと運び、今日はそこで寝ることにする。しかも、今日はまだ和也たちと話したいこともあったからだ。  布団を被り、和也へと電話をする。  数回のコール音の後、和也が電話に出てくれた。 「和也か?」 『ああ、また何だ?』  和也の心配そうな声が聞こえてきた。  やはり長年、俺と一緒に働いてきたからなのだろう。本当に和也は、俺のことをしっかりと分かっている証拠なのかもしれない。  軽く息を吐いて、 「あのさ……やっぱり、和也たちは春坂に戻って来なくても大丈夫だよ……」  そう、自分がさっき思っていたことを提案する。 『……へ? 何で急に? どういうことだ? だって、今の望の状況っていうのは、雄介が記憶喪失になって精神的に不安定になってるんだろ? なら、俺たちが側にいた方がいいんじゃねぇのか?』  やっぱり和也らしい意見に、再び安心してしまう。  確かに和也の言う通りではあるのだけど、自分の診療所を今まで通り守っていきたいっていうのもある。

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