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第4話 ずっと見てたから、知ってる
いつもなら長男びいきに苛立つ俺だったが、今回ばかりは違っていた。これが本当なら、賢人と柾は別れたということになる。後先考えない柾ではあるが、二股をかけたり、賢人との関係のカモフラージュのために女の子を利用したりするような悪人ではないはずだった。そういうところだけは信用できた。
彼女を送り届けて、深夜に帰宅した柾に、俺は直球で尋ねた。
「賢人は知ってるの? 彼女のこと」
「えっ」柾は珍しく狼狽えた。いつまで経っても俺のことは小さな子供扱いで、小馬鹿にする柾が。「なんで賢人が出てくるんだよ。……まあ、彼女のことは知ってるけど」
「彼女とつきあうために、賢人を振ったわけ?」
「は?」今度は妖怪にでも出くわしたかのような、怯えた表情を見せた。これも初めて見る顔だ。
「俺、知ってるから」
「……何のことか分かんねえけど」
目を合わせずにそう吐き捨てる柾だったが、動揺しているのは明らかだった。
「賢人のこと傷つけたんだったら、許さない」
「知らねえよ」
ちぐはぐな返事が図星をついた証拠だった。
そのまま柾は部屋に入ってしまった。部屋を分けた際に解体した二段ベッド。俺は新しいベッドを入れてもらったが、柾は下の段をそのまま使っていた。そう、あの日、二人分の体重を乗せて軋んでいた下段のベッド。まさかその思い出のためにずっと使い続けてるとは思わないが、俺にとってはなんとも忌まわしいベッドだ。一緒にいてほしいと言っていた賢人の声が、今も耳から離れない、そして、彼の喘ぎ声。夢の中で何度彼を抱いただろう。
でも、もういいんだ。正々堂々と奪って、いいんだ。
捨てられた賢人を憐れに思った。だが、チャンスが巡ってきたことには変わりがない。この機を逃す手はなかった。
◇ ◇ ◇
相談したいことがあるんだ。二人きりで話したい。家に行っていい日を教えて? そう言って賢人と約束を取り付けた。たったそれだけのやりとりにいつになく緊張した。こんな風に改まって頼みごとなどしたことがないから、賢人もただごとではないと察したようだ。
「予備校もないし、今日でも別にいいけど……。どうした? 何かあったのか?」
何かあったのはそっちだろう、と思いつつ、後で話すよ、とだけ答えた。
賢人の家に行くのは久しぶりだった。夕食がてらに賢人が我が家に来ることはあっても、こっちから賢人の家に行く用事はほとんどなかったし、柾との関係を知ってからは余計に行きづらかった。二人暮らしの賢人の家は部屋数も少なく、行けば自動的に賢人の部屋で過ごすことになる。かつて見たのと同じ配置で箪笥や学習机や本棚が並んでいるのを見て、何故かホッとした。でも、ベッドに目をやるとやっぱり嫉妬にかられた。あの忌まわしい柾のベッドより、こっちのほうがよっぽど彼らを乗せてきたことだろう。誰にも秘密で柾と賢人が過ごしたであろう時間。そこで行われていたはずの行為。賢人の記憶ごと、このベッドを破壊してやりたいと思った。
「どうした?」
ベッドを睨んで棒立ちする俺を不審に思うのも無理はない。俺は慌てて取り繕った。
「いや、変わってないなあ、と思って」
「久しぶりだもんね、颯希がここ来るの」
「うん」
心なしか、賢人の物腰も昔に戻った感じだ。部活のときは、「森北先輩」と呼び「浅井」と呼び捨てにされ、賢人もやっぱり少し先輩風を吹かしているところがある。
「こんなの、まだ持ってたの」
本棚のちょっとした空きスペースに並べてあるミニチュアの人形は、昔俺が縁日で当てて、そのキャラが好きだという賢人にプレゼントしたものだ。大事に飾っているというよりは単に放置しているだけだとは分かっているが、それでも嬉しくなる。賢人は忘れているだろうけど。
「持ってるよ。颯希からの記念すべきプレゼント第一号だからな」
「え、覚えてた?」
「覚えてるよ」
「マジ? 嬉しい」
賢人が笑った。
「そういうとこ、颯希は本当に変わんないなあ。素直で、可愛い」
賢人の手が伸びて、俺の頭を撫でようとする。とっさにそれをよけた。
「ちょ、やめろよ。もう俺のがデカいのに」
「まったく、ニョキニョキ伸びやがって、生意気」
初めて会った頃は柾、賢人、俺、という背の順だった。柾は昔から大きいほうだったけど、俺は中学の頃に急激に背が伸びたクチで、あっと言う間に賢人の背を越し、今では柾の背も超えた。つまり、三人の中で俺が一番の長身だ。
「それで、相談って何?」
賢人はベッドに腰かけた。俺はデスクの椅子に座る。くるくる回る椅子を左右に揺らしながら、言葉を探した。
「恋愛相談なら無理だぞ? ご存じの通り非モテ歴長いからな、俺」
冗談めかして言う賢人のセリフに、少しだけ胸が痛む。
「……うん。知ってる」
「あ、ひっでえ。そこはフォローしてくれても」
賢人はそう言ってまた笑った。それを遮るように俺は言った。
「知ってるよ。賢人はずっと一途だったもんな。柾と違って」
「……は?」
「俺だってずっと見てたから、知ってる」
「何の話をしてんのかなー、颯希君は。……あ、悪い、何も出してなかったな。なんか飲み物取って来るわ」
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