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第5話 そしたら、ちゃんと諦めたのに

 顔色が変わったのを誤魔化すように賢人は立ち上がり、俺に背を向けた。柾にしても賢人にしても、誤魔化し方が下手過ぎる。それとも、幼なじみの俺だからこそ見抜けるのだとうぬぼれてもいいのだろうか。 「ここにいて。ちゃんと話、聞いてよ」  俺も立ち上がり、賢人の手首をつかんだ。部活で日に焼けた腕。元は色白のはずだってことも知ってる。 「痛いってば、離せよ。暴力はんたーい」  それでもまだ茶化し続ける賢人。そのつかんだ手首を思い切り引き寄せ、抱き締める。賢人は今や俺の肩ほどの身長しかなく、すっぽりと腕の中におさまった。 「柾のこと、まだ好きなの?」 「え」 「彼女できたの、知ってるんだろ? この前うちにその子連れてきて親に紹介してたよ。結婚まで考えてるんだってさ。まだ十八のくせにそんなん言い出すなんて、デキ婚かよって思ったけど違うみたいで」  話している途中で突き飛ばされた。よろけた先にベッドがあって助かった。 「ま……柾はそんな奴じゃない」 「そんな奴って? 無責任に女の子孕ませるような奴じゃないってこと?」 「……」 「賢人も大事にしてもらってた? まさか、男だからって中出しとかされ」  今度は頬に衝撃が走った。殴られたのだ。子供の頃から穏やかな賢人に手を出されたのは初めてのことだった。でも、こっちだってここで手を緩めるわけにはいかない。こんな風に揺さぶりをかけて、動揺してるうちに畳みかけなくちゃ、賢人の本音なんか聞けないし、俺の本気だって伝わらないに決まってるんだ。 「そんなに好きだった? 捨てられたのに?」  賢人は再び拳を振り上げた。だが、その手はゆっくりと下がっていく。やがて両肩まで落とし、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。 「どこまで知ってる? いつから知ってた?」 「知ったのは中学んとき。柾、高校受験で失敗して、賢人がうちに慰めにきただろ」  賢人はふう、とため息をついた。「そんなに前から……知ってて……」 「知ってたよ。でも、二人とも何も言ってくれなかった。俺はいつも蚊帳の外だ」 「んなこと、言えるわけ……」  蚊の鳴くような声で賢人が言う。 「俺への気遣い? 兄貴と兄貴同然の幼なじみがデキてるなんて知ったらショックだから?」  賢人が俺を見た。悲しそうにも、恨むようにも見える。 「そうだって言ったら?」 「俺は言ってほしかったよ。そしたら、ちゃんと諦めたのに」 「……え?」  俺は賢人の前に歩み出て、目の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。 「俺だって好きだった。好きだって言いたかった。でも、二人して秘密にするから、何もできなかった」 「な……何言って」 「もう一回言えばいい? 俺も賢人が好きだよ。ずっと好きだった。でも、自分の気持ちを自覚したのは、二人がそういう仲だって知ったときだったから」 「嘘だろ」 「嘘や冗談でこんなこと言うと思ってんの? 俺のこと、誰より分かってるだろ?」 「なんでそれを……今」 「今しかないじゃん。女に取られて、弱ってんだろ? それにつけこまないでどうやって柾に勝てるよ?」 「さつ」  俺の名を呼び終わらないうちに、口を口で塞いだ。また突き飛ばされるかと思ったけれど、そんなことにはならなかった。ぽかんと口を半開きにしている賢人の表情を見る限りでは、呆気に取られて何もリアクションが取れなかった、というのが正しそうだ。 「賢人、これ、俺のファーストキス」 「え」 「初恋だし、初告白だし、ファーストキス。賢人がぜんぶ奪ったんだから、責任取ってよ」 「なっ」  俺は賢人の襟首を持ち、無理やりに顔と顔とを近づけた。 「俺、柾に似てるだろ。性格もサイズ感も違うけど、顔だけはよく似てるって言われる」 「……ガキの頃から見てるんだ。俺には全然違って見えるよ」 「嘘。今、そう言われて意識したろ? 顔、真っ赤だよ。俺だって昔から見てるんだ、賢人の嘘なんかすぐ分かる」  図星なのだろう。賢人は目を伏せた。俺はそんな賢人の背中に手を回す。 「颯希、やめて」 「柾のことまだ好きなら、代わりにしていいよ。だから」 「やめろって」 「お願い、賢人。本当なんだよ。本当に俺だってずっと好きだったんだ。ほんの少しでも可能性あるなら、拒否んないで」  俺を押しやろうとしていた賢人の手から力が抜ける。その分、俺は力を込めて抱き締め直した。 「……分かんないよ、そんなこと……急に言われたって」 「じゃあ、今から考えて。今すぐ結論出さないでいいから。俺とのこと、考えてほしい」  賢人は戸惑いの表情を隠せないまま、力なく頷いた。俺にはそれで充分だった。 ◇ ◇ ◇  翌日からの俺たちは、おそらくかつてのつきあいはじめの柾と賢人のようにギクシャクしていたに違いない。しかし、学年の違う俺たちの接点を他人が見る機会はそうなくて、誰からも何の指摘を受けることもなかった。そう、柾からも。柾は彼女のこともあったし、サボった分を取り戻すようにせっせと通い出した高校にアルバイト、それに専門学校選びにも忙しく、それどころではなかっただろう。何の未練も見せない柾に賢人は更に傷つき、それを慰めることを口実にして賢人を抱いたのは、告白から三ヶ月ほど経った秋口のことだった。

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