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第7話 好きになれると思う。
「ごめん」
立て続けに三度イッた末にようやく俺は我を取り戻し、ぐったりと疲れ果てた賢人に声をかけた。
「若いな」
賢人が苦笑した。
「二コしか違わないじゃん。でも、ごめん。マジでごめん。その……全然優しくできなかった」
賢人は今度は呆れたように吹き出して、仰向けから横向きになり、俺の頭を撫でた。「俺がそうしてほしいって言ったんだから、いいの」
「痛いとこない?」
「平気だって。……だるいけど」
「ごめん」
「そんな顔すんなって」
俺は今、どんな顔をしているのだろう、と思う。それは柾に似ているのだろうか。
「好きだよ、賢人。だから賢人も俺のこと、好きになって」賢人の顔が少しだけ真顔に戻るのを見逃さなかった。「すぐじゃなくていいから」
「……好きだよ、颯希のこと」
「弟みたいに、だろ?」
「……」
「それでもいいよ。言っただろ? 柾の代わりだと思ったっていいんだ」
賢人は寝返りを打ち、俺に背を向けた。怒ったのかと焦る。が、返ってきたのは穏やかな声だった。
「弟とこんなことしないし、柾の代わりだとも思ってない。誰も柾の代わりにはならないし……」
誰も柾の代わりにはならない。その言葉は俺の心を深くえぐった。賢人は本当に柾のことが好きだったのだ。本当に、本当に好きだったのだ。分かってはいたものの、別れてなお、賢人の心をこんなにも占有する柾が羨ましく、疎ましい。
嫉妬にかられる俺に背を向けたまま、最後に賢人は呟いた。
「でも、好きになれると思う。今よりも、ずっと、たくさん」
「マジ?」
「うん。そんな気がする」
恋ってそんなものだろうか。恋に落ちる。恋に溺れる。「恋」ってのは、そんな言葉で表される通り自分では制御不能なものであって、「そんな気がする」なんて、生易しいものではないような気がするのだけれど。……でも、その言葉を信じて頼る以外、俺にできることもないわけで。
俺は賢人の裸の背中にくっついて、肩甲骨にキスをした。少しの振動が返ってきたのは、彼が声を出さずに笑ったせいかもしれない。今はそれだけでいい、と思った。背中にキスしても笑って許してもらえる。それで充分だと。
◇ ◇ ◇
賢人は実際、俺に歩み寄る努力をしてくれているように見えた。部活を引退したということは、すなわち受験勉強に本腰を入れろという意味であり、学校が終わると即座に予備校に向かう頻度も増えていた。そんな中でも俺に会える時間は作ってくれたし、彼の母親が不在の夜は俺が呼ばれるようになった。俺は柾のようにそれを秘密にする必要はなかった。正々堂々と「賢人の家で勉強して来る」と言えば、母さんはむしろ喜んで送り出してくれた。俺を進学校に導いてくれた良き先輩、そして今はまた難関大を目指している賢人への信頼は絶大で、何かと騒がしい我が家より、静かな賢人の家で勉強にいそしむほうがいい、と思っているようだった。そんな母さんの望み通りに勉強する日もないわけではなかったけれど、当然裸で抱き合ってることのほうが割合としては多かった。俺としてはもっと多くても構わなかったが、さすがに受験生の賢人の負担を考えると、そうとばかりは言っていられない。二人きりで会えるだけで上等だと自分に言い聞かせるしかなかった。それはちょっとした修行だった。
それでもやはり会えないときは会えなくて、そんなときに限って柾が例の彼女を連れてきたりする。彼女は将来の「姑」となる母さんともうまくやっていて、決して嫌な人間ではなかったけれど、彼女が原因で賢人が振られたと思うと複雑な思いがした。
ただ、柾が彼女を選んだ理由は少しだけ分かった。普段話している分にはとてもそうは思えない快活な彼女だったが、実は早くに両親を亡くしていて、親戚をたらいまわしにされてきたような生い立ちだったらしい。つまり柾は、たった一人の母親も不在がちだった賢人を愛したように、それよりもっと淋しい彼女を放ってはおけなかったのだろう。その淋しさを表に出さない健気さに惹かれたのだろう。……柾は、「世界一優しい」から。
「俺は別に淋しくなかったけどね」俺のそんな推論を賢人に伝えると、賢人はあっさりとそう言った。「いや、淋しいか淋しくないかで言えば淋しかったんだろうけど、それはそれで誰の監視も受けない自由な時間も持てたし、勉強が嫌いじゃないのも、たぶんほかに一人でできることがなかったからで、淋しいことが即悪いってわけでもないと思うんだよなあ。つか、ここに引っ越してからは淋しいなんて思う間もなかったし。おまえら兄弟がしょっちゅう構ってくるから」
「迷惑だった?」
「そりゃ遊び相手がいるのは嬉しかったけど。正直、疲れることもあったよね。俺、ときどき仮病使って柾の突撃かわしてたもん」
「嘘」
「ほんと」賢人は昔を懐かしむような遠い目をした。その先にはあのミニチュア人形がある。「けど、俺のことを思ってくれてるのは分かってたよ。……だから好きになった。好きだって言われて嬉しかった。でもさ」賢人がいつになく照れた表情で俺を見る。「グイグイ来る柾の陰で、そっと見守っててくれる颯希のことも、同じくらい好きだったよ。俺の後を追いかけて、本当に高校まで追いかけてきてくれて、可愛くないはずがない」
「柾のこと、恨んでる?」
「恨んでないよ。……今はね」
「今は、か」
「そりゃ、ね。でも」賢人が俺の手を握る。「颯希がいてくれるから、もう、いい」
「俺、忘れさせること、できた?」
「忘れるのは無理かな。と言うより、その必要ないと思ってるんだ、最近」
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