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第4話 お化けの夜
空気がざわざわする。
音じゃなくて、なにかがざわついている。
たくさんの妖が、夜の間中だけ、街の中を練り歩く。
百鬼夜行。
主の庭を出るとき、いつもの衣の上に使役が着せつけてきたのは、わしの毛並みによく似た毛皮の上衣。
「似合うなあ兄弟」
同じような格好をした兄弟がわしの横に立つ。
「お前もな。せやけど、なんでお前も行くのんや?」
「主が保険だと言うておられた」
迷子になるかもしれんから、縁のある兄弟が近くにいるのだという。
「そうか」
「あんなぁ、兄弟」
「なんや」
「おれなぁ、お前のこと、変な奴やて思うててん」
「そやろな」
わしらは猫で、あの人はニンゲン。
猫がニンゲンを甘やかしたいとか、土台無理な話。
なのにわしは諦めきれんかった。
「人の姿になってどうすんねんって、思うてた。けど主に会って、主の匂い嗅いだら、ちょっとわかった」
すん、と鼻を鳴らして兄弟が笑う。
わしらの足元を、剣山が走ってった。
ぞろぞろと妖たちが動いていく。
壺がカタコトと歩を進め、後ろを箒がサカサカと掃く。
箒の後ろにカイナデがついて、「ケツがわからん」と、つまらなそうに舌打ちをした。
兄弟の耳が、自信なさそうにしゅんとする。
「おれ、主に名前強請ってもええと思う?」
「イナバでもチャトラでもなくなんのやな」
「けど、おれやで。お前の兄弟のままや」
「せやな。わしも、わしや」
主の庭で猫又になっても、あの人の手が忘れられんかった。
けど今宵本懐遂げたとしても、わしはわしや。
夜の風の中にあの人の匂いを探す。
人の街のあちこちで、いろんな『お化け』があって酔っ払いが騒いでいる。
人を驚かせるのに夢中な妖もいれば、悪さをしたくて獲物を探すのもいる。
今までの節分通りやったら、あの人はきっと社近くの盛り場。
いつも『お化け』で連れ出されて、雌の恰好させられては、帰りに公園で泣いてたから。
ふと、いやな気配を感じて周囲を見回したら、あれがいた。
「兄弟、あれがおる」
「ホンマや」
季節の変わり目に生まれるモノの中に、鬼がいる。
鬼にはいろんな鬼がいて、あれはわしらの嫌いな奴。
わしらが臭くて嫌いと思うモノをしこたま食ろうてでかくなり、近づくだけでこっちの尻尾が逆立つようなモノになる。
今見つけたのは、生まれたて。
角が花のつぼみみたい。
その嫌なあれが、クンクンと匂いを嗅いだ。
わしらが向かおうとしていた先をみて、唇を緩めて走り出した。
「やな予感がする」
「気が合うな。おれもや」
夜行の列から離れる。
鬼に追いつけるわけはないけど、方向は同じ。
あの人の匂いが近くなる。
ニンゲンたちの匂いと酒の匂いと化粧品の匂い、それから嫌いな感じがするニンゲンがまとっている、なんかの『気配』の匂い。
風で運ばれてくる匂いが、一段と濃くなった。
あの路地の奥。
「やっ」
「ほら静かにせい。お前のここは最近とんとご無沙汰で寂しいんやろ? 蜘蛛の巣はったら申し訳ないて、あの男が言うさかいな、わしらが相手したる、言うてんにゃ」
「していらん」
「お前の男の不始末や、お前もちょっとは手伝えや」
「ええ思いさせたるよって、なあ」
「そのために、『ええ服』着てきたんやろ?」
「違っ……やや、離せ!」
壁にあの人が押し付けられてた。
雌の着物を着ていたようだけど、ほとんどはだけられてて肌が見えてる。
紅色の布の奥にある白い脚。
下衆の手が股の間に差し込まれている。
あの人をとり囲む下衆は五人。
そして、その下衆を狙う鬼。
下衆どもだけなら蹴散らせばいいけど、鬼がいるのはいただけん。
「下衆どもが……」
グルルルルと、喉が鳴った。
わしが主の庭に行ってからもまだ、ずっと、こんなことが続いていたんだ。
あの人はいつも悲しそうにしていた。
「兄弟、お前あの鬼から逃げ切れるか?」
「あの下衆、鬼に食わせたらええやん」
「ああ、そやな。下衆が鬼に食われたとこで、なんも困ったことあらへんもんな」
に、と兄弟が嗤う。
オサキが顔真似してたタレ目が、すうっと細められた。
威嚇音を発しながらまずは不埒な手狙う。
兄弟があの人を引っ張った。
「え、なに?」
「ええから、こっち!」
路地の奥になってしまうけど、下衆どもを挟んで鬼と反対側に逃げる。
兄弟が盾になってくれてる間に、あの人を抱え上げた。
「なんやお前ら!」
「邪魔すんなや、クソガキが」
道をふさいだつもりだろう。
わしらの前に下衆どもがズラリ一列に並ぶ。
鬼に背を向けて、隙だらけ。
「いける」
「ほなな、兄弟。ちゃんと帰っといでや」
「おう。お前も無事でな」
ゆらりと兄弟のしっぽが揺れた。
あとは任せて、膝に力を入れる。
人ひとり抱えたまま走るくらい、なんてことない。
地面をけって、壁をけって、屋根の上に駆け上がった。
「えええええええ? 何? なにぃ?」
耳元で叫ばれてちょっとキンとしたけど、無視して走る。
社とは反対側。
下衆どもの罵声がして、兄弟の気配が社の方へ向かう。
そのあとのことは、わしの知ったこっちゃない。
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