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第3話
昨夜、遼が教えてくれた言葉の意味をすぐに知ることになる。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「金谷さん、作業状況の報告で少し時間良いですか?」
「いいわよ。」
プロジェクトマネージャーである金谷さんは入社当初から俺の指導を担当をしてくれた女の先輩で凄く怖い。
ジワジワと逃げ道を塞がれて理詰めで怒られる。
刷り込まれた印象は何年経っても変わらず、悪い報告をする時は今でも胃が痛くなる。
「セットアップは完了していて、課題がバックアップリカバリテストなんですけど…」
さっさと終わらせて仕舞おうと思った瞬間だった。
「杉原、何を基準にこのスケジュール組んだ…?」
「前回の実績ベースでスケジュール組んでみたんですけど…。」
「前に指摘した内容が全く活かせてないんだよ…。…分かるか?」
杉山という友人の名前を呼ぶ声。
苛立ちを含んで明らかに不穏な空気を感じて、声がするブースに目を向けると遼がいた…。
低い声で怒っているであろう人物は見えない。
「…また橘くんか…。」
その言葉に金谷さんへ視線を戻すと、迷惑そうに眉を顰めでいた。
「…またって、どういうことなんです…?」
「あの怒鳴ってる橘くんの下につく子、潰されるって有名よ?」
頭が真っ白になって視線が遼に釘付けになる。
ブースの会話が妙に耳についた。
「…すいません、分かりません。」
「今回は前回の案件を踏襲する部分が多い…。当然、作業効率が上がるはずだからスケジュールも短縮できる。作業も納品物も流用できるところは全部使え。」
「あ…。すぐ全体を見直して修正かけます!」
落ち着いたトーンで会話がされるものの、遼の顔色は悪いように見えた。
「まぁ、耐えれた子は逆に大成するけど…。って、高丘くん?」
「…。」
「高丘ッ!」
「ぉわッ、ハイッッ!」
「他人の心配してる場合じゃないでしょ!…さ、私達も始めましょう。」
金谷さんの空気が一気に変わると同時に緊張感が込み上げる。
この空気が苦手だ。
昨日の市村さんを思い出して、大丈夫だと自分に言い聞かせて深く息を吐き出してから口を開いた。
ひとまず、伝えるべき事を全て伝えてから恐る恐る金谷さんの顔を伺った。
「…なるほどね。OK。じゃあ、営業の山﨑くんにサポートの契約を急ぐように催促してくれる?金曜に間に合わなければ、そのまま搬出して現地で続きをしましょう。」
「あ、はい!分かりました。」
溜まっていた重りが取れたようにスッと軽くなる。
まだ何も解決していなけれど、出口が見えずに一人で籠っていたときより少しずつでも前進している感じが純粋に嬉しい。
「報告が明日だったら確実にキレてたわ。」
「あ…。実は他部署の市村さんって方にエスカレした方が良いって言われまして…。」
「あぁ、確かにあっちの方が詳しいわね。」
金谷さんの知り合いのような口ぶりに少し驚いた。
「え。市村さん、知ってるんですか?」
「知ってるも何も同期だし。」
「…。えぇぇーーーっっ!!?」
金谷さんと市村さんが同期ってことは、市村さんは30歳くらいだろうか。
見た感じ、自分より2、3歳上くらいだと思っていた。
市村さんとの繋がりが意外と近くにあって、妙にドキドキしてきた。
何とも言えない高揚感のまま、猛烈な勢いで仕事を進めていると昼休みを知らせるアナウンスが聞こえてきた。
そういえば席を立ったり、雑談が増えてきたりとフロアも緩やかに賑わっている。
軽く伸びをして、久々に遼と外で昼食でもしようかとサイフとケータイを掴んで打ち合わせブースへと向かった。
「リョウ、昼め…し……ッ!」
浮かれたテンションのまたブースを覗きこんで、思わず凍った。
「あ"?」
「失礼しましたっ!!」
そこには、会社というか職業自体間違えてるんじゃないかってくらい本当に派手な美形の男が睨みをきかせていた。
肩にかかるくらいのロングヘアは9割の成人男性が失敗しそうな髪型なのに、この男は鬱陶しそうに髪を掻き上げる姿さえ絵になってしまうのだから凄い。
「あー、待て待て…。杉原、昼行ってこい。」
「はい。」
「オレは昼イチから商談でいないから、急ぎならチャットで連絡しろよ。15時以降なら電話でも出れるから。」
「分かりました。」
「あと、今日は絶対残業するなよ?」
「…ハイ。」
話しながら片付けをする男は最後に遼をひと睨みして立ち去った。
遼と二人でその姿が消えるのを確認して…
「「ハァァァ〜…。」」
止めていた息を思い切り吐き出した。
「お、お疲れ…。もしや、あれが…橘さん?」
「…そう。…ま、とりあえずメシ行くか…。」
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