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第5話
問題のサーバーも無事に搬出し終わり、それからは定時帰りの穏やかな日が続いていた。
通勤途中のコンビニで買ったブラックコーヒーを飲みながら、フロアのずっと奥にある遼達の部署を見つめる。
(あ。遼、今日は席にいる…)
部署ごとに使えるスペースは決められているが、席の指定はなく好きな場所で仕事をしても良い。
…というのは建前で、大体の人が定位置にいるので暗黙の了解で決められているのが実態だ。
遼は打ち合わせブースだったり、フロアの定位置だったり、場所はバラバラだが基本的に一人でパソコンに向き合ってることが多い。
思っていたより、橘さんと肩を並べて仕事をしている日は少なくて安心した。
そもそも橘さんは遼以上にバラバラで、フロアにいない日が大半だ。
(市村さんは今日もいないか〜…)
リカバリの件でお礼を言いたくて、市村さんの姿を探し始めてから遼や橘さんの姿が目に入るようになった。
ストーカーのようだなと思いながら、出勤を確認するのが朝の日課と化している。
市村さんの定位置は決まっていて、執務フロアの広めのテーブルをポツンと一人で使っている。
最初は意外に思ったけれど、次から次に部署を跨いで色んな人がパソコンを片手に訪れるので妙に納得した。
(今日も無理かな…。)
仕事中のデスクに出向くのは気が引けるので、休憩で席を立った時にでもと思っているがタイミングがそう上手くは合わない。
市村さんがいないテーブルを確認して、自分の仕事をしようとしたとき…。
フロアの扉がガチャリと開く音がして賑やかな話し声と足音が聞こえてきた。
「お二人とも、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ。」
「山﨑、今度の飲み会は営業持ちだからな?」
「部長に掛け合っておきます!」
そんな会話が通り過ぎて行くと、先程まで見ていた奥のテーブルに市村さん、橘さんと短髪の若いイケメンが現れた。
三人のもとへ管理職の偉い人達もワッと人が集まってきて談笑をしたり、楽しげな雰囲気が伝わってくる。
(…なんだ?)
気になるものの、さすがにこれ以上サボるわけにもいかないのでメールチェックから仕事を始めることにした。
それから何時間くらい経過しただろうか…。
午前中に片付ける作業も終わりが見えてきた所で声を掛けられた。
「お仕事中失礼します。…高丘さんでしょうか?」
クリっとした目で短髪の…、朝に市村さんと一緒にいたイケメンがいた。
「あ、はい…。そうです。」
「初めまして。営業部の山﨑です。」
山﨑と名乗った営業の男は慣れた手つきで名刺を渡してきた。
慌ててカバンから名刺入れを取り出すと同じように名刺を渡した。
「第一システム開発部の高丘です。」
「コレ、お待たせしました。」
そう言って渡された封筒を開けると、市村さんに助けて貰ったサーバーの件で依頼していたサポートデスクの契約書が入っていた。
「遅くなって、すみません。」
「いえ、ありがとうございます!メール添付でも大丈夫でしたのに…。」
「ちょうどこのフロアに別の用事もあったので…。」
今朝の楽しそうな雰囲気が頭をよぎる。
「…良いこと、ですか?」
好奇心が勝って聞いてみた。
「あ、分かります?担当してた大型案件の受注が取れたので、今日は御礼と挨拶に来たんです。」
「うわ!おめでとうございます!」
「ありがとうございます!…まぁ、今回は商談をサポートしてくれたSEの力がかなり大きいんですけどね。」
それは管理職も笑顔で迎えるわけだ。
「おっと…これから移動なので、そろそろ失礼します。高丘さんとは同期らしいので仲良くして下さい!」
同期という言葉に愕然とした。
「え…!……そうなんですか?」
「金谷さんからそう聞いてますよ?あ、金谷さんにも宜しくお伝え下さい!今度飲みましょうね!」
ニッと人懐っこい笑顔でペコリと礼をすると、山﨑さんは帰って行った。
手に残された契約書をぼんやりと眺める。
(市村さんや橘さんと、肩を並べて仕事ができるのか…。)
営業とSEでは仕事が全く違うと分かっている。
でも、山﨑さんや遼、同期の活躍や頑張りを見ると嫌でも自分と比べてしまう。
自分には活躍できる程の才能も能力もない。
だから努力するしかないって思うのに必死にもなれない。
必死になってるつもりなだけで、他人を羨んで文系だから仕方ないと諦める。
負け犬の遠吠えっていうけど、勝負して負けることすらできない犬は…。
(…惨めだな…。………あ〜、この感じはダメだ…。)
契約書をパソコンの横に置いて、ゆっくりと目を閉じる。
深い深呼吸をして、考えることを止めると無心で残りの仕事に取り掛かった。
12時の昼休憩よりも20分近く早く片がついたので、パソコンを閉じるとジャケットとコートを持って外へ出る。
自分の裁量で休憩とか自由に時間が使えるのは、こういうときありがたいなと思う。
会社から一番近いコンビニでカロリーメイトと…。
「…51番下さい。」
久しぶりの煙草を買って、冷たいビル風が吹くオフィス街を一人黙々と歩いて行く。
見知らぬオフィスビルの1階にある喫煙所で、口にタバコを咥えて火がないことに気づいた。
バタバタと火を探す姿を察したのか、隣のおじさんがライターを差し出してくれた。
ありがたく拝借させていただいて、久しぶりの煙を吸い込んだ。
懐かしい香りが口に広がる。
(きっつ…!)
吸い慣れた銘柄のはずなのに、思ったよりも突き刺さるように感じるメンソールと苦みに少し眉を顰めた。
いつもより時間をかけて口の中で煙を馴染ませるとそのまま肺に落とし込んでゆっくりと吐き出した。
(最近、吸ってなかったな…。)
煙と一緒にドロドロとした自分の感情が出ていくような気がして、気分が落ちてる時は煙草を手にしてしまう。
そのことに遼も気付いて、煙草の匂いをさせていると妙に心配されようになった。
だから、会社にいるときは基本的に吸わない。
遼の優しさで自分が余計に惨めになるから…。
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