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第6話

昼休みの終わりに合わせて何食わぬ顔で帰っていると、市村さんと橘さんが会社に向かって前方を歩いていた。 (目立ちすぎだろ…) 煙草の匂いをさせてお礼を言う気にもなれず、一定の距離を保ったまま歩く。 向かいから事務の制服を着た女の子達が二人に気付くと、急に静かになって俯いたまま二人の横を通り過ぎて行く。 そして俺とすれ違うところで、勢い良く会話を再開した。 「…。…ねぇ、ちょっと!今の人達見た!?イケメンすぎない!?」 「見た見た!!ウチの会社にもあんな人いたらな〜!」 「毎日見に行くよね!!」 通り過ぎる瞬間に聞こえた女の子達の会話に、心の中で深く頷く。 今ならあの二人とガールズトークで盛り上がれるだろう。 エレベーターホールに市村さんと橘さんがいない事を確認して、昼休み明けの多くの人と一緒にエレベーターに乗り込んだ。 午後からの作業も特に目立ったものはない。 執務フロアに入ってコーヒーサーバーが置いてある休憩コーナーでコーヒーを淹れてから自席に戻った。 (今日は早く帰って寝よ…) そう思った日に限って、トラブルの電話は鳴るものだ。 「いつもお世話になっております。高丘です。…エラーですか?はい、わかりました。データ確認のため30分ほどサーバーに接続させていただきますね。…よろしくお願いします…。」 定時間際に電話に出てしまった自分を恨みたい。 電話でやりとりをしながらメモをしたお客様の名前とエラーコード。 お客様の操作ミスとか設定ミスなら良いが、システムの不具合なんて時はひたすら平謝りするしかない。 不具合でないことを祈りながら膨大な量のデータに意識を集中させる。  (…あった!) トラブルシューティングも苦手だ。 考えられる原因箇所を一つずつ確認して、問題の切り分けをしていく。 20分が経過したとき、今回のエラー原因と思われるデータが見つかった。 「先週、基本設定を変更された操作履歴がありました。…ええ、そうです。その画面で設定を戻していただいて、再度処理して貰えばエラーが消えると思うのですが…。」 問い合わせをしてきたお客様へ電話をかける。 お客様の業種にもよるのかも知れないが、何かを作るメーカーの人は比較的トラブルにも寛容な気がする。 「大丈夫でしょうか…?あ、良かったです!こちらこそ遅くまでお付き合いいただいて、ありがとうございました!…はい!失礼します。」 今回も遅くにごめんなさいと、こちらを気遣ってくれるお客様だった。 ほどよい疲労感を感じながら問い合わせの内容をレポートにまとめていく。 面倒くさいけれど、これが後々大事になってくることを入社してから学んだ。 結局、会社を出るころには一時間が過ぎていた。 着信:杉原 遼 コンビニでビールでも買おうかと悩んでいたとき、気持ち悪いくらいのタイミングで遼から電話が掛かってきた。 『おつかれ!仕事終わった?』 「おー。ちょうど今。」 『今、市村さんと飲んでるんだけどこれからどう?』 「え!?!行く行く!!」 お店の場所を教えてもらって、電話を切るとすぐにトイレへ向かった。 洗面台の前で髪型を慌てて確認する。 (変じゃないよな…!?) ドキドキと自分でも信じられないくらい緊張していた。 指定された店に向かうと、入り口で遼が立っていた。 「うわ、わざわざ待ってたの?」 「ちょっと話もあったからな…。」 会社が終ってからそんなに時間も経っていないのに、そこそこ酒に強いはずの遼がほんのり赤い。 「先に謝っとくわ。スマン!」 それだけ言うと、店の中に促される。 遼に案内された個室を開けて理由が分かった。 「おつかれ、高丘くん!」 「おー、おつかれ。」 市村さんと…。 橘さんがいた。 速攻で後ろを振り返って遼にガンとばした。 分かっていたのか遼は頭を下げて、手を合わせている。 「ハメたな?」 「…嘘は言ってない。」 「…ハァ…。」 溜め息をついて、恐らく俺のために空けておいたと思われる遼の隣の綺麗な席へ座った。 「高丘くん、何飲む?」 「あ、ビールで…。」 「好きなの頼んでいーぞ?…あとコレ。」 遼が店員さんを呼ぶ間、橘さんからメニューと灰皿を渡された。 「ありがとうございます。タバコ吸わないんで大丈夫ですよ?」 怪訝な顔をしながらも、灰皿を片付けてくれた。 むしろ何で吸うと思ったんだろうか。 店員がやってきたので、ビールと摘むものを二つほど頼んだ…。 「高丘くん、苦手なものある?」 「いや、特に…。」 「じゃあ、あとコレとコレもお願いします。」 市村さんがメインの肉料理と魚料理で一番高いやつを頼んだ。 俺と遼が飲むような安い居酒屋でもなく、ちょっとした接待が出来そうな飲み屋だった。 店員さんが扉を閉めると飲み屋特有のガヤガヤとした音が少し遮られ、静寂が訪れた。 「杉原も先輩二人が相手だと気を使うだろうから、高丘くんでも呼んだら?って流れになって…。突然ゴメンね?」 「全然大丈夫です!!仕事もちょうど終わったとこでしたし…!」 飲み会は嫌いじゃない。 ただ、遼と橘さんの関係を思うとヘタなことはできない。 今日は仕事だと思って飲むとしよう。 「杉原と同期で、第一開発部の高丘暁良です。」 俺のことを知らない橘さんに自己紹介をする。 ちょっと驚いた顔をした後、フッと笑った。 「システム基盤の橘圭佑です。…堅すぎだろ。」 橘さんは笑うと随分と印象が変わる。 (腹立つくらい顔がイイな、この人。) 今日は髪を後ろでハーフアップにしているから、顔がよく見える。 「圭佑が怖いんだって。」 「そう。橘さん怖い人だけど、悪い人ではないから。」 「オイ。」 三人が話す雰囲気を見ていると、多分そこまで心配しなくていいんだろう。 そうこうしてる間にビールが届いたので、改めて乾杯をした。 「市村さん、付箋ありがとうごさいました。無事に終わりました!」 「あ、当たってた?良かったね〜!」 顔が赤い市村さんの口調はいつもよりもっと柔らかい。 「あと、受注おめでとうございます!」 「あれ?知ってるの?」 「営業の山﨑さんと一緒に仕事してて、今日聞きました。」 「今回は本当に時間がなくてねぇ〜。圭佑にも手伝ってもらって何とか…。」 年上の男性に適切ではないのだろうけど、ふにゃっとした笑い方が可愛い。 「その皺寄せが全部杉原に行ったからな…。今日は労いも兼ねて。支払いは"市村センパイ"がするから、お前らも思いっきり飲んで食えよ?」 「待て。お前は出せよ?」 「いや、オレも後輩じゃないっすか。」 「こんな可愛い気のない後輩は嫌だよ。」 会社では見れない二人の掛け合い。 それが見れるのが堪らなく嬉しい。 そんな姿に肩の力も抜けて、話は随分と弾んだ。 市村さんは橘さんの一つ上で仕事は苗字で呼ぶけれど、それ以外は名前で呼んでしまうと言っていた。 あとは仕事の話だったり、社内の噂話だったりと話題が尽きることはない。 「あれ…?リョウ?」 遼が横でうつ伏せたと思ったら、5分経っても顔を上げる様子もなく、どうやら寝てしまったようだ。 「しばらく寝かせとけ…。」 「結構酒に強いはずなんですけどね。」 「大分飲ませたからね。」 全員が少しだけ音量を下げて会話する。 穏やかな空気が流れる。

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