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第2章 5

 火曜日の夕方、5限終わり、大学最寄りのバス停に着いた俺は行列を見てため息をついた。  この時間でもこんな並ぶのかよ……。火曜はいつも壱星の家行くから知らなかった。  壱星は月に何度か出張でこっちに来る父親の相手をしなければならないらしく、今日誘いを断られたのもそのせいだ。  イヤホンを耳に嵌めると、スマホを出してゲームを起動する。フレンドから届いているギフトを機械的に開封していたその時、急に肩の辺りに強い衝撃を感じて振り返る。 「いってぇ、何……」 「よっ、智暁!背中がら空きだよ。智暁もまだまだだな!」  ――何で、こんな急に。探しても見つからなかったのに。  俺をどついたんであろう右手を左右にひらひらと振りながら、楽しそうに笑う蒼空の姿がそこにあった。  ――人類の滅亡したディストピアで、何日もの間ザーザーとノイズだけを流し続けていたラジオが急に人の声を拾った時のような、そんな気分。 「え?何?そんな痛かった?智暁、年取って脆くなったの?」  ――あぁ、早く返事をしなきゃ。俺がここにいるんだって伝えなきゃ。  夢と現実の入り混じった世界で、焦った俺は口が動くままに言葉を紡ぐ。 「……っせぇな。急に殴るとかどうかしてんだろ。ってか、お前何でここにいんの?」 「へ?何でって何が?普通に帰るんだけど」 「いや、だって、今まで1回も会ったことないじゃん」 「確かにな!何でだろ。智暁、火曜何限まで?俺いつもこの時間なんだけど」 「火曜は5限まで……あ、でも俺、真っすぐ帰んの初めてかも。いつも……ほら、寄ってくとこあるから」 「はぁ?それじゃん。だから会わないんだろ。智暁、そんな天然だっけ?」  おかしなことを言っているのは自分でもわかっている。でも、蒼空の顔を見ると調子が狂って何を話せばいいかわからなくなる。 「なぁ、智暁。それ何やってんの?」  蒼空はそんな俺の様子をさして気にする様子もなく、ヒョイと俺の手元からスマホを取り上げた。一瞬触れ合った手の熱が、いつまでもそこに残り続けるような錯覚を覚える。 「……何のゲーム?」 「えっ、あぁ、『三国大革命』っていうやつなんだけど……」  俺がゲームの説明をすると、蒼空はふんふんと頷きながら熱心にその話を聞いていた。 「ふーん。俺もやろっと。智暁が面白いって言うなら間違いないっしょ」  そして、何の迷いもなくアプリをインストールし始める。  どうしよう。何でこんなにドキドキするんだろう。蒼空が近くにいて、俺の話を聞いてくれて、当然のように同じ物を好きになろうとする。そんなのいつものことだったのに。高3までの俺たちなら、これが当たり前だったのに。 「あ……蒼空、それさ、チュートリアル時間かかるから今やんない方がいいよ」  その気持ちを誤魔化すために、俺は精一杯静かな声でそう言った。  ゲームをやってみせて時間を潰し、ようやく来たバスに2人で乗り込んだ。限界まで混み合う車内では、自然と隣に立つ蒼空と体が触れ合う。 「こんなに混んでると高校の時の朝の電車思い出すよな」 「あれはもっとヤバかった」 「智暁、高1の時は背低かったもんな。俺よりデカくなるとは思わなかったわ」  蒼空の横顔を盗み見ると、昔を思い出しているのか、物思いに耽るように目を細めて微笑んでいる。 「そういえばさ……蒼空、『アンデッドロード』って映画覚えてる?高2の時一緒に観たやつ」  俺も懐かしくなって、先日壱星と観に行った映画の話を始めてみる。 「あぁ、覚えてるよ。ゾンビのやつな。いま続編やってるらしいよ」 「うん。こないだ観に行った」 「早いな。どうだった?」 「いやー……イマイチかな。あんま言うとネタバレになるけどさ、前作の方がよかった」  蒼空はポケットからスマホを取り出して映画のタイトルで検索をしているようだった。 「そっかぁ……あ、今日いい時間にやってんじゃん。行こっかな。19時半から」 「……俺も行く」  気が付けばそんなことを口走っていた。 「……え?智暁、もう観たんだろ?」 「いや、もっかい観たくなった。チケット2枚とって」 「マジで?でも、さっきイマイチだったって……」 「いいから。早く買えよ。席真ん中の方な」  蒼空は口をぽかんと開けて何度も瞬きを繰り返していたが、やがて「ぷっ」と噴き出した。 「変なの。わかった、マジで2枚買うよ?もうキャンセルできないからな」  バスに揺られながらスマホを操作する蒼空の横顔は、昔と何一つ変わらない。 「よし、買えた。久しぶりだな、智暁と映画行くの」  大きな口を顔いっぱいに広げて無邪気に笑うその顔も、昔のまま。  俺のよく知っている、俺の大好きだった、蒼空のままだ。

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