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第2章 6

「ちあきー、ポップコーン買おうぜ。腹減った」 「いいよ。キャラメルな」 「普通に塩だろ。腹減ったって言ってんの」 「腹減ってるから何なんだよ。んじゃ、じゃんけんな。俺パー出すから」 「あ、そういうのズルい。智暁、それはダメ」 「何でだよ。無視して好きなの出せばいいだろ?いくぞ。最初はグー、じゃんけんぽん」  やっぱり俺の勝ち。こういう時、素直で騙されやすい蒼空は必ずチョキを出す。余りにもわかりやすくて、俺は今まで一度も何かを譲ったことがない気がする。 「あー、最悪。智暁が変なこと言うから。絶対グー出すと思った」 「それならパー出せよ。ま、ジュースは蒼空の好きなの選ばせてやるから」 「1人1個買うんだから当たり前だろ」  購入した飲み物とポップコーンを持って指定された部屋に向かう。バス停からずっと喋り続けているのに、飽きるどころか次から次へと会話が生まれてくる。  大きな音と共に予告が始まり、ようやく俺たちは話すのをやめた。会話がなくなるとソワソワする。ついこの間、壱星と観たのと全く同じ映画なのに、なぜか胸が高鳴って仕方がなかった。  2人の間に置いたポップコーンに伸びる蒼空の手をチラチラと見てしまう。蒼空の手は大きくて骨ばっていて、本当は指が長いのに、水かきがあるせいで甲の側から見れば短く見える、変な手。忘れたことはない。触れたくて堪らないと何度も思ったその手が、今、こんなに近くに……。  これは、浮気なんだろうか?  壱星に付き合おうと言ったことはないけど、俺は蒼空に対して壱星のことを「彼女」として話している。もしもその彼女が男だと知ったら、蒼空は俺を軽蔑するだろうか。  ふと蒼空の顔を見ると、なぜかこちらを向いていて目が合った。思わず「あっ」と小さく声が出てしまうが、蒼空は嬉しそうに笑うと俺に顔を寄せた。 「な、これも面白そうだよな。始まったらまた観に来ようぜ」  そう耳打ちされて、俺は何度も頷くことしかできなかった。ふわりと漂う蒼空の匂いと温もりに、なんかもう泣き出しそうだった。 ◇◇◇  映画を観終わった俺たちは、食べそびれた晩飯のためにファーストフード店に来ていた。 「まぁ、智暁の言うこともわかるかなー。たしかにあの恋愛要素は蛇足過ぎるわ。あと、前あんなに絶望感あるラストだったのに、冒頭でいきなりデカいシェルター出てきたのは俺も拍子抜けした」 「だろ?まぁ、パニック映画だとあるあるだけどさ」  ポテトをつまみながら、蒼空が俺と同じ感想を持っていることに満足感を得る。 「でも子どもが生き残ってんのは、俺は納得だな。大人は子ども優先で守るし、そうしないと未来がないじゃん」 「未来って。あんな世界に未来なんて元からねぇよ」 「登場人物が絶望してちゃ話になんねぇだろ」 「いや、まぁ、ストーリー上はな。でも、何ていうか、子どもが危険なことして、結局大人が死ぬみたいなのは予定調和すぎんてつまんないんだよ。こういう映画で子どもは殺さないし」  俺の言葉に蒼空は少し呆れたような表情を見せた。 「智暁、前はこれ誰と観に行ったの?」 「え?」 「彼女と?」 「……まぁ、そんなとこ」  その答えを聞くと、蒼空はまるではしゃぎ回る幼い子どもを見るような穏やかな目で笑った。 「なるほどな。彼女と感想が合わなかったから俺に付いてきたんだろ?」 「……何でわかんの?」 「智暁だから。お前、負けず嫌いじゃん」 「はぁ?負けず嫌いはお前だろ。いつも俺に負けてるけど」  ついムキになって言い返す俺に対して、蒼空はやっぱり楽しそうだった。 「はいはい。でもさー、智暁、そういうの彼女に求めたら可哀想だよ。どうせお前が誘って前作も無理やり観せたんだろ?」 「……無理やりじゃないけど。勝手に観てた」 「へぇ。めっちゃいい彼女じゃん」  いい彼女、そう言われると何も言えなくなる。確かに壱星は一途に俺のことを想ってくれて、大抵のことは聞いてくれるけど。 「大事にしてやれよ。その子のこと。映画もさ、相手の好きなやつも観に行ってやれよ」  蒼空の言葉に耳が痛い。何も知らない蒼空は、そう言って俺を追い詰める。

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