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第2章 8

 蒼空と映画を観に行った日の2日後に始まったゴールデンウィークもすでに終盤だ。今日、俺は壱星に連れられて普段あまり来ることのない場所を訪れていた。  5連休が明日で終わるというのに、道行く人たちは特に焦る様子も見せずに、永遠に続く祭りの最中にいるかのように浮かれている。少なくとも、俺にはそんな風に見える。服屋や雑貨屋が並ぶその通りにいるのは奇抜な服装の若者ばかりで、壱星は馴染んでいても俺は浮いている気がして落ち着かなかった。 「着いた。智暁君、ここが言ってたお店」  目だけキョロキョロと動かして辺りを窺っていた俺の服の裾を壱星が軽く引く。花屋かと思うほどたくさんの草木に覆われ、ショーウインドウというには小さすぎる窓を持った西洋風の建物がそこにあった。 「これが?ここにカフェがあんの?」 「カフェは2階。中もね、お洒落で雰囲気いいんだよ」  この間聞き逃した壱星の説明をもう一度聞いたところによると、俺たちが今入ろうとしているのは服飾品のセレクトショップで、買い物をすれば併設のカフェで有名なパティシエとコラボした限定のチーズケーキを食べられるんだとか。そして、俺はそのチーズケーキに釣られてここにいることになっている。 「あっ、壱星さん!お待ちしてましたー」  入ってみると中は意外と普通の服屋で、細身ですらりと背の高いショートヘアの女性が俺たちに声を掛けてきた。壱星の話していた仲の良い店員というのがこの人なんだろう。 「初めまして、木下といいます。よろしければこちらのハーブティをどうぞ」 「あ、どうも……」  服屋でお茶を出してもらうのは普通なんだろうか。それとも壱星が上客だから?困惑する俺を尻目に、壱星はすぐに店員と何やら盛り上がり始め、俺は途端に空気になった。手持ち無沙汰にならないだけ、飲み物をもらえるのはありがたいか……。  壱星は大学では決して見せない活き活きとした表情で会話をしている。こいつは本当にファッションが好きなようだ。  そういえば、壱星とになったのも服がきっかけだった。サイズの合わない服があるから貰ってほしい、そう言われて家に呼び出されて、そのまま……。それ以来、壱星は度々自分には大きすぎる服を買っては俺に押し付けてくる。着せ替え人形にされている気分だけど、正直俺は服とか興味ないからいつもありがたく受け取ってる。  しばらくして、一度奥に引っ込んだ店員がニコニコと数着の服を抱えて出てきて、俺はそれらと共に試着室へと押し込まれた。 「え、俺が着んの?」 「智暁君の服選ばせてって言ったよね?」 「あ、そうだっけ……?」  普段とは全く違う有無を言わせない雰囲気の壱星と、「では、まずこちらをどうぞ」と服を手渡してくる店員に逆らえず、俺は言われがままそれを受け取った。薄っすら柄の入った水色のシャツに、白っぽいワイドデニム……もっと奇抜な物を着せられるかと思ったが、意外と普通で助かった。  着替え終えて試着室の扉を開けると、待ち構えていた2人が同時に振り返り声を上げた。 「わっ、さすが。お似合いです!スタイルいい!どうぞ、お履き物こちらお使いください」 「智暁君、すごくカッコいい。明るい色だと雰囲気変わるね。あ、シャツは入れたほうがいいかも」 「今の感じも素敵なんですが、ちらっと見えるインナーをこういった物に変えてあげると――」  なんだ、この羞恥プレイは。2人は俺の着方を手直ししたり、他の物をあてがったりしながら、再び夢中になって話し始める。  それから、他にも何着か試着をさせられ、最終的にはトップスを4着とボトムスを2着、それから帽子とベルトを買うことになった。壱星は自分が支払うと言って聞かず、さすがに申し訳なくて靴だけは諦めさせた。 「俺は身長がなくて着こなせないの多いけど、智暁君は何でも似合っちゃうね。一緒に買い物できてほんとに楽しかった。来てくれてありがとう、智暁君」  壱星は心底嬉しそうにそう言ったが、俺は得体の知れない居心地の悪さを感じていた。他人の服を買うために、俺のバイト代2ヶ月分くらいの金額をポンと支払うことが理解できなかった。こんなの、店のいいカモにされてるだけじゃないのか?  やっぱり壱星とは趣味も価値観も合わない。この日一日だけでそのことを何度も痛感した。  それでも俺は……壱星から離れる気にはなれない。壱星を失うくらいなら、作り笑顔で全てをやり過ごしている方がマシだ。

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