ゴールデンウィークが明けて中だるみする生徒が多いのか、大学構内の人通りが若干少ない気がする。先週は木曜と金曜しかなかった授業が今週からはフルで1週間だ。気持ちはわかる。しかも今日はやけに演習が多くて、久々に頭を使ったからクタクタだ。 　しかし、バス停を目指して正門を抜ける俺の足取りが軽いのは、放課後という開放感のせいではない。 「……ちーあきっ！」 　タタタッと駆け寄る足音と共に勢いよく肩を叩かれた。 　……後ろにいたのか。会えてよかった。 「何だよ、蒼空か。そういや今日火曜だったな」 　偶然を装いながらも、今日も俺は5限が終われば壱星の家へ行かずに真っすぐここに来ていた。2週間ぶりに蒼空に会えるかも知れないと思うとそうせずにはいられなくて。 「俺で悪かったな。あ、なぁ、智暁。このピックアップガチャってさー……」 　蒼空はそんな俺の演技に何の疑問を抱く素振りも見せず、ゲームの話を始める。 「このアイテム欲しいのに全然出ないんだけど。やっぱ10連回さなきゃ無理？」 「10連でもどうかな。でも俺ダブってるからあげるよ」 「えっ、マジ？サンキュー！智暁、神じゃん」 　昔と変わらない蒼空の明るい声と笑顔。ようやくこれが夢じゃなくて現実だという実感が湧いてきていた。 　僅かな時間だとしても、蒼空と過ごせることが嬉しくて堪らない。……もちろん、友達として。 「蒼空も早く同じランクまで上がって来てよ」 「智暁が引き上げてくれるの待ち」 「金で解決しよ。蒼空はバイトとかしないの？」 「うーん、迷い中。そのうち何かやりたいなって思うけど」 　そういえば、塾の先生が蒼空にチューターのバイトを打診したら断られたって言ってたっけ……。 「なぁ、蒼空、何でチューター断ったの？先生に誘われたんだろ？」 「え？何でって……だって、俺、智暁みたいに教えんの上手くないし。あと家出てけって言われてるから、バイトするならこの辺で探すかな」 　……本当に？俺を避けたんじゃなくて？ 「俺……俺は蒼空と一緒にやりたかったけど」 　思わず本音が漏れてしまう。 「……へ？何それ」 　ぽかんと口を開ける蒼空の顔を見て、恥ずかしくなった俺は適当な言い訳を探す。 「い、いや、だってさ、他の奴らレベル低いんだよ。自分の志望校より下の大学行ってる奴らに指導とかされたくなくね？」 「そんなこと言ったら俺なんて浪人なんですけど」 「それは……あっ、バス来てる！走るぞ」 　助かった。蒼空の腕を引いて駆けだすと、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた。 ◇◇◇ 「んじゃ、俺はここで」 　バスを降りると蒼空はそう言って俺に手を振った。 「は？何で？家帰んないの？」 「今日友達と飯行こうって話になってて。皆先行ってるから、今から合流」 　そんなの嫌だ。まだまだ話したいことがあったのに。 「友達って誰？」 「誰って、学科の友達だけど」 「何で蒼空だけ別行動なの？皆同じ授業受けてんじゃねぇの？」 「いや、今日5限取ってんのは俺だけ」 「何それ。変なの。そんなことある？」 「5限で出席100だから皆嫌がったんだよ。でも俺は興味あったから。ってか、何よ、智暁。そんな気になるとこ？」 　離れがたくて無理に話を引き延ばそうとする俺に対して、蒼空は呆れたように眉を下げながら笑うと、もう一度手を上げてそれをひらひらと左右に振った。 「んじゃ、もう行くよ。またな、智暁」 「……バイバイ」 　この日も俺は蒼空の背中を見ることができなくて、そう言うとすぐに反対方向へと歩き始めた。 　蒼空の言葉1つ1つが、蒼空の決断1つ1つが、俺をおかしくさせる。蒼空が俺を避けているとしても寂しいけど、その行動に俺が全く関与していないと思うともっと寂しい。 　何考えてんだよ、俺は。蒼空にとって、俺はただの友達のうちの1人だ。それも、過去の友達の。 　そっと振り返ったその時、なぜか蒼空はそこに立ったまま俺の方を見ていて、目が合うと嬉しそうに笑った。 　……あいつ、何でこっち見てんだよ。 　俺は慌てて前へと向き直りポケットからスマホを取り出すと、縋るような気持ちで連絡先の中から砂原壱星の文字を探した。 「もしもし？壱星？……なぁ、今日やっぱお前の家泊まっていい？今から行くから」 　そうするしかなかった。この気持ちを落ち着かせるには、壱星を頼るしかなかった。 　……そうだよ。蒼空とは友達として、壱星とは恋人として、そういう風にやっていくのが、たぶん一番いい形なんだ。そうすれば、俺はこれからもずっと蒼空の傍にいられるはずだ。友達としてで構わない。俺は、もう二度と、蒼空に嫌われたくない。もう二度と、蒼空のことを傷つけたくない。