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ブルームーン 1

「本当にいいの? ホテル取るから」 「ほんと大丈夫ですよ、友達のとこ行くんで」 「ほんとに? 大丈夫?」 「大丈夫ですって、与一さん」  あまりにも心配されて、俺って一体いくつだと思われてるんだろうって可笑しくなる。思わず笑ってしまうし、何度も何度も眉を下げて本当かって問いかける与一さんの視線を避けるためにも、俺は残りのテーブルを除菌して回る。 「ほら、もう仕事はいいから、あとはやるから」  いつのまにか後ろに立っていた与一さんが、俺の手からふきんを取り上げた。 「え? でもまだ」 「ゆっくり用意してから出かけるといいよ」  そう言うと、与一さんはにっこりと笑う。ほんと、俺にそんなに気を遣う必要ないのに。与一さんと出会ってもう三ヶ月になる。初めは最初だから気にかけてくれているんだと思った。  だけど、知れば知るほど、与一さんはいい人で、一点の曇りもなく、誠実で優しい雇用主だ。  雇用主、なんていう言葉では言い尽くせない。ときどき俺の保護者だったっけ、と思うほどだ。  ここで仕事を始める時に、条件があった。満月の夜に、いつも親戚や親しい友人の集まりがあって、貸切のパーティーをするから、その時だけは外泊をして欲しいと。  満月って聞いて、なんて粋なんだろうと思った。博学で経験豊富で、俺とは住む世界が違う与一さんだからな、なんてすんなりと腑に落ちた。  うちの親戚の集まりと言えば、年末年始やお盆、それに法事くらいなものだった。それもばあちゃんが亡くなってからはなくなってしまって、もう叔父さん叔母さんとも長く会っていない。  今まで月の満ち欠けについて真剣に考えた事なんて一度もなかったけど、満月は月に一度やって来るのかと今更ながら知った。  一泊の外泊くらいどうとでもなる。だから俺は快諾した。  それだって、身一つで放り出されるわけじゃない。  一度目は与一さんに言われるままに従った。そうしたら、都心部の夜景の綺麗な高級ホテルの部屋が用意されていて、心底驚いた。もちろん支払いも予約も与一さんがしたことだ。ルームサービスも自由に使えばいいと言われたけれど、もちろん緊張してルームサービスなんて使えるわけがなかった。  結局近くのチェーン店の牛丼屋さんでさっと食事を済ませてコンビニで買った缶チューハイを部屋で飲んだ。  大きなふかふかのベッドの上で、なんだか緊張して朝までよく眠れなかった。   身の丈に合わないことはするものじゃないな、と痛感した。

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