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ブルームーン 5
美沙ちゃんは俺がずっと工場で同じ毎日を繰り返している間に、今の旦那さんと出会って恋愛をして、一年以上付き合って結婚して仕事を辞めた。
その上、まーちゃんをこの世に生み出したんだから。
俺の日々の何倍も濃くて実りのある人生を送っているんだと、心底感心してしまう。
「美沙ちゃん、幸せそう」
まーちゃんに笑いかける美沙ちゃんを見て思った素直な感想だ。
「そうだね。ありがと」
美沙ちゃんはにっこりと微笑む。今思うとあの時期のことは自分の想像か妄想か何かかと思うくらいだ。
「乙都くん。変わらないって思ったけど、なんか、変わったかも」
「え? そう?」
まあ、三年も経つと老けるよな、とは思う。
「なんか、余裕がある感じ。いい人出来た?」
「え?」
いいひと、そう言われてパッと頭に浮かんだのは、与一さんだった。そこでハッとして違うだろって自分にツッコミを入れる。
「やっぱ、そうなんだ」
「え? そういうんじゃ」
美沙ちゃんに優しい感じの微笑みを返されて、違うのにって恥ずかしくなる。その気まずさを、美沙ちゃんは肯定と取ったようだった。
「乙都くんって、前から穏やかだったけど、穏やかすぎて尖ってたよね」
「どういう、意味?」
「なんか、上手く言えないけど。若いのに達観してるっていうか、諦めてるっていうか、なんにも欲しくなさそうな、そんな感じ」
「……わからないんだけど。俺、人生諦めてそうだった?」
「そんな、不幸なオーラ漂わせてはなかったけど」
美沙ちゃんは笑うけど、確かに、ずっと今のままでいいって思って生きて来たのは確かだった。自分で何かを求めて手に入れたことなんて、ないかもしれない。
「私はね、物欲も情熱も有り余ってたから。乙都くんのことが珍しくて、自分と違う所が新鮮で、興味あったんだよね」
美沙ちゃんがどうして俺と仲良くしてくれたのか、ようやく理解出来た気がする。珍しかったのか。
「なんか、雰囲気が柔らかくなったね」
「そう? かな?」
「うん、そんな感じがする。ちょっと人間ぽくなった。その人のおかげかな」
「ずっと人間なんだけど?」
だから恋なんてしてない、そう言うべきなのに。この数ヶ月、与一さんのおかげで自分が変わったような気がするのは確かだと、素直に思ってしまう。
それからお互いの食事を終えるまで、思い出話に花を咲かせた。
さすがに、まーちゃんの前であの頃の変な関係について話すなんて出来なかったけど、今となってはもう霞のかかったような記憶だから忘れていいかと思う。
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