25 / 29
ブルームーン 6
まーちゃんが眠そうになってきて、美沙ちゃんは慌てて帰る準備を始めた。俺はもう少し時間を潰すからって、さよならをした。
またね、って手を振って見送った後に、連絡先も知らないな、と思った。
それにきっと、連絡先を交換した所で、また連絡を取ることもない気がする。
だけど、俺の青春、と呼べるのかは謎だけど。若い時代の長い期間を一緒に過ごした仲間だから。美沙ちゃんにはずっと幸せでいて欲しいって思う。
俺にもそんなふうに思える仲間がいたんだなって、なんだかいい気分になった。
七時半になって、店を出ようとした。支払いにスマホを使おうとした時に初めて気がついた。スマホがカバンにもどのポケットにも入っていないことを。
現金で支払いを済ませて、店を出ると記憶を辿る。そうだ、家を出る前にキッチンで水を飲んで。その時に手に持っていたスマホを冷蔵庫の側に置いた……そのままにして来たのか。
あの中にはネットカフェのアプリの会員証や今日予約した部屋のQRコードがあって。きっとないと困る。前回よりもいい部屋を予約しておいたし。
これは、どう考えても取りに帰るしかない。
もうパーティーは始まっているだろう。戻るのは迷惑だよなって、分かるけど……ないとどうしても無理だ。それに、取りに行っていいか与一さんに聞くこともできないし。お店の番号も与一さんの番号も覚えていないから、公衆電話を見つけられたとしても電話することはできない。
しょうがなく、俺は足取り重くムーンライズに戻って来た。
頭の中で何度もシュミレーションした。そっと裏口のドアを開いて、静かにキッチンに行って、スマホを取ってすぐに店を出る。それから後で、与一さんにスマホを取りに行ったとメッセージを送っておけば大丈夫だろう。キッチンはフロアからは奥まっていてカウンターに出て行かなければ人目にもつかないし、パーティーの雰囲気を壊したりすることも、きっとないと思う。
鍵を差し込んで、ドアをそっと開いた。
店に続く廊下はいつもと変わらず薄暗い。間接照明だけの、雰囲気のあるパーティーなんだろう。
忍び足で、かつ、無駄なくスピーディーに。そう心がけてキッチンに入った。腰を屈めて冷蔵庫の側まで行くと、思った通りスマホはそこに置きっぱなしになっていた。
フロアの方から、大きめの音楽が聞こえてくる。ムーンライズの営業中には音楽を掛けていないから、なんだか新鮮だ。重低音の響く洋楽のロックだ。
与一さんは、こういう音楽が好きなのか、とふと思った。
のんびりしている場合じゃない。俺はここにはいるはずじゃないんだから。頭ではそう分かっているのに、どこからか自分らしくない好奇心が突然湧いて来て、それを抑えられなかった。
与一さんと、その家族がどんなパーティーをしているのかって。俺が思うよりもずっと豪華でおしゃれなんだろう。それを、ほんの少しだけ、見てみたかった。
与一さんのことを、もっと知りたい。ただ、それだけだった……。
ともだちにシェアしよう!

