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ステンドグラス 1
鍵を開けて、勝手口のドアノブを握る。
そのまま、しばらく動けなくなってしまう。結局、戻ってきてしまった。
昨日の夜見たものを、客観的に、冷静に分析しようと思った。そうすればなにか納得のいく答えが見つかって気持ちが楽になるのだと信じて。
だけど実際には、ネットカフェに逃げ込んで震える指で使用開始の手続きをして、個室の鍵を閉めると、そこから延々とネット検索をした。
インターネットでキーワードを何度も打ち込んで、次々とクリックする。
だって、現実だとは思えない。実在するわけがないじゃないか。
ヴァンパイアだなんて……。
ウィキペディアから、マニアのブログやホームページ。それから映画に海外のドラマもたくさん見た。
血が、たくさん出てくるものばかりだった。
いくら見てもそれはファンタジーだと思った。血みどろのホラーだなんて、与一さんとは対照的すぎるって思う。
俺の知っているいつもの与一さんなら。
だけど、昨日の夜の与一さんなら?
ひとつ新しい知識を得るたびに、与一さんに当てはめてみる。だけど、人を惑わせたりコウモリに化けたり、人間を獲物だと付け狙ったり。人を殺め……そんなのは全部違う……違うはず。
そう思いながらも、もしかしたら俺は何もかも騙されていて、実は記憶を変えられたりして。なんて突然パニックに陥って、店の洗面所に駆け込んで首筋に知らない傷がないか確認までしてしまった。もちろんそんなのはなかった。
そして今ここに立っている。自分でもどうしてなのかはわからない。
ふうっと息を長く吐く。
ようやく心を決めて、ドアを開いた。
しんと静まり返ったいつもの店のまんまだ。
薄暗い廊下を歩いて行くと、店のフロアが広がっている。
窓辺のヒヤシンスも、窓から床に散るステンドグラスの華やかな模様も。いつもと変わらない。
昨日の痕跡なんて、何にもない。
あれは、夢? 妄想?
そうだったらどんなにいいかと願う。だけど突然酷使された脚は、全く癒えることがなく、今も筋肉が突っ張って痛いままだ。それに胸を突き破りそうに強く打っていた鼓動も思い出せる。
それでも、ただ確かめたかった。だから、戻って来てしまった。深夜パックが終了してもすぐに帰る気になれずに、駅の周りや商店街を無意味にうろついて、太陽が高く上ってから、ようやく足がムーンライズに向いた。
いつもなら与一さんのいない時間だ。それに、もしも本当にヴァンパイアというものが存在するのなら、外を歩けない時間だ。
まだ何度も頭に浮かぶ昨夜の光景に、心臓が嫌なリズムを刻んで、めまいがする。
知りたい気持ちと知りたくない気持ちが同じ分量でせめぎ合っている。
それでも、部屋に戻ってすぐに荷物をまとめてどこかへ逃げる。そういうことは考えられなかった。
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