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第22話 Ich habe mich in ihn verliebt
マルティンは、仲間がオットーの餌にされたことに責任を感じているらしい。テオドーロの方はというと、「異形による異形殺し」を放置できない……とのことだった。
……そして、私はオットーの標的となっている。
利害が一致している以上、我々が彼らと協力関係になるのは自然な流れだったと言える。
「オットーは餌にした肉体の記憶も引き継ぐはずだから、わたしの射撃の精度は知られているはず。ずる賢いやつだもの、間違いなく対策を取られてしまうわ」
「……えっ、記憶まで食うの? マジ厄介じゃん……」
掠 り傷だけでも「呪詛」の効果がある。
物理攻撃で撃退したところで、すぐに復活する。
記憶を引き継ぐことで対策を立ててくる。
なるほど、なかなかに厄介な相手だ。
「そこまで来ると、封印を解くこと自体が危険でしょうに……なぜうかつに持ち出してしまったのですか」
私一人を屠 るため……と考えれば、あまりにもリスクの方が大きすぎる。
……と、言うより、明らかに「奥の手」として使うべき武器だろう。
「わたしに聞かれても困るわよ! そもそもあいつが持ち出したのか、誰かが持たせたかすら分からないんだから……」
「封印とかじゃなく、早めにぶっ壊しときゃ良かったじゃん」
「それこそわたしに言われても困るわよ! 50年前の誰かが使えるって思ったんでしょ」
ヴィルの指摘に、マルティンはやれやれと首を振りつつ抗議する。
危険物ではあるが、歴史的な遺物でもある以上、保管しておくべきと考えた理由はわからなくもない。……とはいえ、もう少し厳重にできなかったのか、とは思ってしまうが……。
テオドーロの方は黙って話を聞いていたが、「あ」と思い出したように口を開いた。
「君たちは、手の内を明かしたのかい?」
……。何と、返すべきか。
理性を失い、暴走したことが知られれば、再び「排除」の対象となる可能性も高い。
今、私はマルティン達に「見逃されている」状況なのだから。
……などと考えていると、心外な一言が聞こえた。
「傷を負ってたってことは、また無茶な特攻をしてぶっ刺されたんじゃないかしら」
「な……っ! 私とて、何度も同じ手で失敗はしません。今回は引いて様子を窺いました」
武器が特殊だったのは想定外だったが、私は決して考え無しに突っ込んだわけではない。
回復力の高い肉体と、純粋な腕力の差を考えれば距離を詰めた方が有利を取りやすい。多少の傷は覚悟の上だ。
……まあ、それを読まれていたから、例の悪魔祓い もオットーが宿った剣を持ち出したのだろう。
……。どちらにせよ、別の戦い方を学んだ方が良さそうではある。それは認める他ない。
「能力 を使うのはどうだい? アレはわかっていても引っかかる類 のものだ。個体によって特性が違うのだけど……コンラートくんのブーケは何かな?」
そういえば、「吸血鬼」にはそんな能力があったのだったか。
……もっとも、そんな能力があること自体、初めて聞いてから日が経っていないのだが……。
「…………その…………」
非常に、申し訳ない気持ちはある。
自分の肉体のくせに、と言われれば何も反論できない。
「…………わかりません……………」
私がそう告げた途端、視界がひっくり返った。
「な、なんだ!?」
気が付けば、目の前にはヴィルの姿があった。
頬は上気し、吐息が荒い。
待て、何がどうなっている。
「ちょっと待っててな二人とも。一発ぶち込んでから続き話してい?」
「やめ、貴様、何を考えて……!! ん……っ」
なぜ、今、この状況で興奮するのだこの男は……!?
「あだっ!?」
胸を撫で回されたかと思うと、短い悲鳴が聞こえて視界が開ける。
頭を押さえて呻くヴィルの背後で、拳を構えたマルティンが、真っ赤な顔で小刻みに震えていた。
「終わってからやんなさい!!!」
「うぃ、うぃす……」
「……ケダモノが……!」
素早く服を整え、抗議する。
まったく、二人きりの時ならまだしも……
……い、いや、断じて、二人きりの時であれば良いという訳でもないのだが! !
「ごめんな、神父様……」
ぐ……っ、何だその涙目は。叱りにくくなるではないか。
「っていうか、コンラートくんって感度いいんだね」
「……あ゛?」
***
テオドーロが妙なことを言い出し、ヴィルが掴みかかるなど多少の諍いはあったが、どうにか話し合いは再開できた。
「……私が囮 になるのはいかがでしょう。恨まれている可能性もあり、多少の負傷はすぐに癒えます。適役かと思われますが」
……という私の提案に、ヴィルは「えー」と難色を示す。
「やだよ。それ、神父様が危険な目に遭うじゃん」
マルティンも顎に手を当て、眉根を寄せて考え込んでいる。
「囮ねぇ……。そもそも、あんたに向いてる気がしないんだけど……」
演技力が足りないと思われているのだろうか。
……いや、私とて演技が上手いとは思っていないが……。
「……まあ……考えはあります」
「へぇ、そうなのかい? それはどういう?」
テオドーロはなぜか楽しそうだ。
というより、彼は常に陽気な気配を周囲に漂わせている。
正直なところ、苦手な手合いだ。話している内容が理解し難いことばかりであるのも相まって、関わり方が難しい。
……それはともかく、囮になるに当たって演技力は特に必要ない。
「酒に頼れば、どうにか」
酩酊 状態になれば良いのだ。そうすれば、隙はいくらでも生まれる。
「……吸血鬼って、酒に弱いんじゃなかった?」
「うん、弱いはずだよ」
……しかし、不思議なものだ。
私自身よりも、敵である彼らの方が、この身体の特徴をよく理解しているとは。
「でも良いんすか? 最近飲んでなかったっしょ」
ヴィルの言葉には静かに頷く。
「そろそろ頭痛が出てきたところだ。飲めば治まる。問題ない」
「それ絶対ダメなやつよ!? 酒でストレス誤魔化すのやめなさいね!?」
マルティンは血相を変え、テオドーロは納得したように大きく頷く。
「あー、追い詰められるとアルコールかセックスに逃げたくなる子、いるいる。僕の妻にもそれなりにいるよ」
…………うぐっ。
「やめなさいよ、身体にも悪いし……」
………………。
どうしたものか。何一つ、反論することができない。
「まあ、太陽光のが身体に悪い気もするから何とも言えないんだけどね。飲酒で吸血衝動が紛れる場合だってあるし」
吸血衝動を誤魔化していたのは、まさしく図星だった。
傷を負った時は尚更、私の身体は血を多く必要とする。
ヴィルの血を飲み過ぎるわけにはいかない。根本的な解決にならなくとも、何かで紛らわせることができるなら、最悪の展開を先延ばしにはできる。
……ただ……苦痛に耐えかね、快楽に屈した言い訳だと言われれば、否定はできない。
「精神が弱いのか強いのか、よくわかんない奴ね……」
「脆くて儚いけどパワーはあるってことで良いんじゃねぇ?」
ヴィルの言葉に、マルティンは納得したように頷いた。
「……爆弾みたいな感じね」
「あー、それっぽいかも」
「ば、爆弾…………?」
どういう意味だ?
そう問おうとすると、マルティンが近付いてくるのが目に入った。
「……ッ」
マルティンは何やら言葉を飲み込み、険しい表情を作る。
腰に指を伸ばす動きが見えたかと思えば、ヴィルがすかさず首に刃物を突きつける。空気が凍てつく中、マルティンは動揺した様子すら見せず、淡々と告げた。
「あんたが民間人に危害を加えるなら、わたしは殺さなきゃいけない。……それだけは、理解しておいて」
銃に伸ばした指を元の位置に戻し、マルティンはくるりと背を向ける。
それを見て、ヴィルも臨戦態勢を解いた。
……空気は未だに張り詰めている。
「囮作戦自体は賛成だけど……あんたが路上に泥酔して転がってても罠にしか見えないわ」
「まず混乱するし、警戒するだろうねぇ。コンラートくん、真面目そうだし。……それで?」
テオドーロは苦笑しつつも、マルティンの次の言葉を促すよう、碧眼 を煌めかせた。
「……必然性のある状況を作るべきよ。目撃情報を流して酒場で待ち構えるとか、ね。ヴィルと飲んでるなら警戒心も薄れるでしょ」
「……協力してくださると言うことですね」
私の言葉に対し、マルティンは視線を合わせることなく頷く。
「他に良い作戦も思い浮かばないしね。……じゃ、わたしは『仕込み』に行ってくるから」
そう言い残し、マルティンは部屋を出る。その背を見送り、テオドーロが私に向けて囁いた。
「彼女、本当は君を助けたいと思ってるんだよ。立場上、言えないけどね」
「…………」
私も、何とはなしに感じ取ってはいた。
彼……いや、彼女が、慈悲深い心を持った人物だと。
つくづく、難儀なものだな。……「生まれ」というものは。
「大丈夫っすよ、神父様、どうなってもオレが守るんで」
ヴィルがいつもの如く励ましてくる。
嬉しい、という感情はある。その手に縋り付きたいとも思う。
だが……それは……
再び、頭がズキンズキンと痛み出す。
数多の「死」が、数多の悲嘆と絶望が、脳内をぐるぐると巡る。
そして──
血に濡れた剣。
切り刻まれた屍。
転がった頭部。
真っ赤に染まった手──
私は、
あの惨殺を、確かに歓 んだのだ。
「愚か者」と呟き、あえて冷たく突き放した。
「修道士マルティンは間違っていない。……もし私が一般人に危害を加えるのならば、武器を向けるべき相手を見誤るな」
揺れる茶色の瞳を、しっかりと見据える。
「もし『その時』が来た場合……貴様が殺すべきは、私だ」
ヴィルは泣き出しそうな表情を浮かべたまま、何も語らない。
ただただ唇を噛み締め、拳を固く握り締めている。
「ヴィル。……頼む」
縋るように、語りかける。
私が、もし、これ以上本物の怪物に成り果てるようであれば……
終わらせてくれ。
父や母、祖父、兄、司教様や教会の面々、ヴィルの両親や時代のうねりの中に散った人々、オットーの呪詛の一部にされてしまった者たち……そして、私が殺めてしまった者たち……
数多の「死」を、悼むことができるうちに。
「……囮作戦は嫌っすけど、一緒にいるならオレが撃退できますし、それ以外作戦もねぇんならそれでいいっす」
ヴィルは、強い意志の込められた瞳で、私を見つめ返す。
「だけど、これだけは覚えててください。オレは絶対、神父様を殺しません。どれだけ嫌がられて罵られたって、死んでも護ります」
執着と情愛の渦巻く瞳が、私を射抜く。
瑪瑙 のように輝く瞳の中、汚濁 に染まりきらなかった清い光が、きらりと輝く。
「愛してますから」
あたたかい手のひらが、私の手を包み込む。
涙が零れ落ちそうになるのを、どうにか堪えた。
「コンラートくん、ひとつ、教えてあげよう」
……と、テオドーロの声が聞こえてくる。
いつの間にか扉の付近に佇み、彼は楽しげに微笑んでいた。
「愛は、突き放すほど燃え上がるものさ。彼の愛も、僕の愛もね」
ウィンクを一つし、テオドーロは部屋を出ていく。
一瞬だけ間が空いた後、ヴィルは弾かれたように立ち上がり、その後を追った。
「おい待ちやがれ! てめぇの愛は燃え上がらせんな!?」
「僕の愛を止めることは、何者にも不可能さ! 僕自身ですらね!!」
「マジふざけんなよ変態野郎……!!」
廊下から響く軽やかな声と、廊下に向けたヴィルの怒声が響く。
寝台に腰かけたまま、呟いた。
「……お赦しください……」
嗚呼、主よ。
どうか、私をお赦しください。
私は……間違いなく、彼を……
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