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第23話 Es ist auch der Glaube
テオドーロから準備完了の通達が届き、ヴィルと二人で酒場に向かうことになった。
彼らが情報を流してはいるだろうが、一日目で来ない場合は通う必要も出てくる。念の為カソックは脱ぎ、マルティン達に預けておいた。
……いや、正確に言えば、預けたと言うより……
「こんなボロボロなの着てどうするのよ。後で新しいの貸してあげるから、とっとと寄越しなさい」
「いえ、ですが」
「サイズはわたしので別に大丈夫でしょ。大きかったらフランクのでも良いし」
「あの、返せる宛が」
「そんなこといちいち気にすんじゃないわよ。返せないならそのまま貰っときゃいいの」
「いや、それはさすがに」
「どうしても気になるなら、古着 の方は貰っておくわ。交換してあげる」
「割に合わないのでは」
「いいの。布切れやら糸やら、こっちも必要だから」
……何と言うのか……奪われてしまった、と、言うべきかもしれない。
「フランク」は……おそらくだが、オットーに殺された悪魔祓いの名だろうか。
私服もマルティンに借りた(というより、押し付けられた)ものに着替え、ロザリオを身に付ける。
その合間に、ヴィルとオットーについて話し合った。
「オットーは悪魔祓いではないが、奴も人目に付く場所での戦闘を嫌っていた。我々を路地裏に誘い込んだのも、そのためだろう」
「なんか、人前で動きにくい事情があるんすかね?」
ヴィルは私の着替えをまじまじと眺めながら言葉を返す。
そろそろ慣れてきたとはいえ、何ともむず痒い気持ちになる。
「……奴は『殺すこと』以上に『相手を甚振 ること』を求めている。嗜虐 的な本性を隠しているのかもしれん」
「もしかして、『市民の味方』って言い訳できなくなるからっすか?」
「その可能性は高い」
そんな話をしているうちに、身支度は終わった。
「行くぞ」
「へーい。何度も言ったけど、無理はナシっすよ」
マルティンが指定した酒場に辿り着くと、客の入りも良く、大変盛り上がっている様子だった。
喧騒が耳に突き刺さり、酒や様々な料理の匂いが混ざって落ち着かない。完全に、五感の鋭さが仇になっている。
無難にビールとザワークラウトを頼み、ヴィルと並んで腰掛ける。ヴィルが食べたそうにしていたので、ヴルストもいくつか頼んでおいた。特にブルートヴルスト は、私にとっても良い養分になるはずだ。
「大丈夫っすか?」
……と、なぜか声をかけられる。
心配されるほど、顔に出ていたのだろうか。とりあえず、「ああ」と答えておいた。
頭の中では、呪詛が更に激しく渦巻いている。
次第に大きくなっている気もするが、もしや、オットーとの距離も関係しているのか……?
ビールを一気にあおり、頭痛をどうにか紛らわせた。
「警戒されている、か……?」
まだ酔いが回っていないうちに、周りを観察する。オットーらしき姿は、今のところ見当たらない。
「まあ……神父様相手だと、下手に「呪い」を使えば切り刻まれますし……」
ヴィルの方も、入口を注意深く睨みつけている。
酒の減りが早いが、ヴィルはあまり酔わない体質らしい。
時間と共に酔いが回り、痛みや不快感がふわふわとした感覚に散らされていく。
「……ん……」
眠くなってきたので、ヴィルの肩を借りる。
あとは、彼にすべて任せる他ない。
***
酔いが回ってきたのか、神父様はオレの身体に寄り添ってくる。いつもの壁のある感じはどこへやら、とろんとした表情で頭をオレの肩に乗せて……
正直、勃った。でも今はそれどころじゃねぇ。
オットーが酔った神父様をどこかしらに連れ込み痛めつけようとしたところで、マルティンと変態野郎が叩く。……で、神父様はオレが傷付けさせないよう護る。そういう作戦になった。
悪魔祓い の記憶を食ってるんなら、オレ達が敵対関係だって思ってるはずだし、オレら二人を拘束した時点で油断するはずだ。……問題は、このままだとオレの理性が保たねぇことだけど……
「ヴィル……」
神父様がやけに色っぽい声で囁き、耳に噛み付いてくる。相変わらず性欲なのか食欲なのかわかんねぇんけど、やたらエロい。勘弁して。今は手ぇ出せねぇんだって。
ほら周りの野郎もチラチラ見てんじゃん。このままだと何人か趣味が狂いかねねぇよ。いやオレは狂ってもいいやって思う方だけどさ? むしろ変な虫寄せ付けずにオレだけ狂わせてくんねぇかな?
「おい、ガキ! ここは子供の来るとこじゃねぇぞ!」
……と、店長の声で「ガキ」が来たことに気付く。振り返ると、見覚えのある顔がドアの近くに佇んでいた。目深に被った帽子から、茶色っぽい目が覗いている。
間違いない。ゲス野郎に首をはねられたガキだ。
ガキは神父様の姿を捉えると、にやりとほくそ笑み……声を張り上げた。
「親愛なる隣人に告ぐ!!! この酒場の中に、恐るべき悪が紛れ込んだ!!」
よく通るボーイソプラノに、酒場中の視線が一斉に釘付けになる。なんだ、これ。演説……って、やつか?
「我が名はオットー・シュナイダー! 地獄より蘇りし人民の守護者であるッ!」
酒場がどよめき、その中から一人、ふらふらとガキ……いや、「ガキの姿をしたオットー」の前に進み出る男がいた。年の頃はオレたちと同じぐらいだろうか。これといった特徴のない、どこにでも居そうな若者だ。……他と違うといえば、例の長剣を持ってるところか。
「おお……! 我らがオットー・シュナイダー! よくぞ蘇られた! 皆の者よく聞け!! このお方はすべての悪しき者を憎み、すべての善き者を愛す者! 今こそ再び革命の時だッ!!!!」
……何、言ってんだ、こいつ?
店長も他の客もポカンと口を開け、困惑している。「何の話だ?」「頭でもおかしいのか……?」なんて声も聞こえる。神父様はというと、眠そうな顔でテーブルに突っ伏しかけている。可愛い。
「かのブランキが創立せし『四季の会』にも、ヴァイトリングに導かれし『正義者同盟』にも劣らぬ結社をここに! 彼こそ虐げられし人民の救世主 であるぞ!!」
男は相変わらずゲス野郎をやたらと持ち上げる。
「かの」とか言われても分からねぇよ、誰だよ。オレは歴史よく知らねぇんだっつの。
アホらしそうに背を向けるやつが増え、酒場は元のような喧騒を取り戻す……はずだった。
「皆の者、聞け」
よく通るボーイソプラノが、空気に波紋を作る。
「先人の偉大なる歩みにより、我々は革命を成し遂げ、身分に囚われぬ自由を得た。……されどまだ足りぬ。この世は、秩序正しき理想郷 には程遠い」
ゲス野郎は背筋をビシッと伸ばし、堂々と語る。
静かな、それでいて心に染みる声が喧騒をゆっくりと鎮めていく。
この野郎、さっきからあの路地裏で「今の身体」をいたぶってた時とはまるで別人だ。
変態野郎が言ってた通り、「英雄」と呼ばれるのもなんか、わかる。……わかっちまう。
「この世は悪に侵されている!」
そこで、オットーは声を張り上げた。
思わずビクッと肩が跳ねる。神父様の方を見ると、机に突っ伏して寝ていた。これ、酔わせたの失敗だったかー!? い、いや、作戦通りのはずだ。この状態なら心置きなく拉致 れるだろうし……油断させたところを叩けば、どうにか……
「どれほど民が善良であろうと、隣人を愛し尊 ぼうと、悪はすべてを破壊し無に帰すだろう! 善なる人民を傷つけ、踏みにじり、そのうえで悪は栄える! そうしてかねてより、悲劇は繰り返されてきた!!」
いつの間にやら、酒場の喧騒はすっかり止んでいた。
ほとんどがオットーの声に聞き入り、中には涙を流すやつまでいる。
「このオットー・シュナイダー。決して悪を見逃しはしまい!! 財産を奪い、生き血を啜る悪魔どもを、ことごとく滅ぼし尽くす!! それこそ、我が魂の使命であるッ!!!」
「皆の者、聞いたか!!! 苦難に喘ぎ涙を飲む人民達よ、今こそ立ち上がれ! 偉大なる同志オットーに続き、悲劇の歴史に今こそ終止符を!!」
「おぉおおぉおお!!」
酒場に拍手喝采が巻き起こる。
……やっぱり、神父様を酔わせててよかった。
こんなの聞かされちゃ、あの人はまた傷ついちまう。それこそ、「呪い」のダメージを攻撃に変える前に心が折れてもおかしくねぇ。
酒場の空気は、すっかり飲まれちまっている。オットーと、おそらくはヤツを英雄だと信じてる男……敵は二人だけなのに、ここまでやりやがるとは……
「……な、なぁ、さっき、この酒場に悪魔がいるって……」
誰かが震え声で語る。その瞬間、オットーがにやりと笑ったのが見えた。
まずい。そう思った途端、オットーはスタスタとこちらに歩み寄ってきた。狂信者っぽい男も、剣を携えて後に続く。
「寝たフリをしても無駄だ。血を啜る悪魔め」
突き刺さるような視線がこちらに向く。
あー、慣れてるとはいえ、この人数を味方に付けられちゃキッツイな。
……こうなりゃ、しゃーねぇ。昔みたいに全員ぶっ殺して逃げるしか……
「……?」
と、神父様は顔を上げてきょとんとオレの方を見る。
まあ、うん、寝たフリじゃねぇしな。攫いやすいようガチで酔ってたんだもんな。向こうも作戦捻ってきただけで。
ダメもとでしらばっくれてみるか……?
「人違いだろ。……この人は、ただのオレの連れだ」
「……可哀想に。まだ騙されてんだな」
ゲス野郎は眉をひそめ、哀れむような顔でオレを見る。
ん? これひょっとして、オレが盗賊なのはバレてねぇやつ? 一般市民扱いか? もしかして上手くやりゃ切り抜けられる……?
「ヴィル……」
オレの腕をちょいちょいと引き、神父様はまだ眠そうな目で首を傾げる。
状況を知りてぇんだろう。……つっても、どう説明すりゃいいんだか……
「えー……っと……んっ?」
「んー」
視界が暗くなったかと思ったら、神父様にキスされていた。しかも、なんか嬉しそうな声まで聞こえる。
マジかよ。神父様からキスしてくれてんの? うわー、上着脱がせたままにしてて良かった。もうここでおっぱじめていいかな???
「……はぁ? まさか、ガチで酔ってんのか?」
オットーがマヌケな声を上げる。
とりあえず意表を突くのは成功したらしい。
「話あるならちっと待っててくれな。路地裏あたりで一発ヤッてくるから」
「おいコラ待ちやがれ! 逃がすわきゃねぇだろうが!」
「わかんねぇのかよ、もうチンコが限界なんだよ!!」
「そこはわからんでもねぇがよォ!! 」
「あ? 何欲情してんだぶっ殺すぞ」
「お前めんどくせぇなァ!?!!? ……って、本当におっ勃ててやがる……」
酒場の空気が混乱に飲まれていく。よし、今がチャンスだ。神父様の手を引いて連れ出すか。
神父様、エッチでいてくれてありがとう。ああいう空気感ってのは、要 からかき乱してぶっ壊すのが一番だ。
「店長、裏口通って良いすか! 大丈夫っすちょっとだけエロいことしたら帰ってくるんで!」
まあ、帰ってくる気ねぇけどな。
「おう、若いってのはいいねぇ! にしても、やけにデカい姉ちゃんだが……ま、デカい方が丈夫な赤ん坊産めるしな!! 楽しんで来な!!」
げ、思ったよりいい人だ。ごめんな店長、金は後で変態野郎に払わせとくから。
「ふざけんな待ちやがれ……!!」
「おっと、なんか真剣な話してたから料理するついでに黙っててやったが……ガキンチョにゃ色恋沙汰はまだ早いぜ! 横恋慕したからって相手を悪魔呼ばわりだぁ? カーッ、男の風上にもおけやしねぇ!」
「え? そういう話だったか?」
「うげー、頭に血が上ってて何も覚えてない……酔っ払ってた感じ……いや酔っ払いに来てんだけど……」
「ち、違うッ!! このお方は崇高な決意の元冥界より蘇っ……」
「なんかどうでも良くなってきた。飲み直すか」
「へへへ、せっかくはした金をはたいて来てんだ! ガキを追い出してまた飲むか!」
「くっそ、完全に醒 めてやがる……! ここは分が悪ぃ! 玄関から出て追うぞ!」
後ろの方で色々聞こえてくるが、どうにか脱出できそうだ。あとはマルティン達と合流して、策を練り直すか……!
「こっちだよ!」
変態野郎の声がする。空間にぱっくり裂け目が空いて、そこから金髪の無駄に整った顔が覗いている。
「早く入って!」
めちゃくちゃ迷ったが、意を決して飛び込んだ。
……で、次に目を開くと、知らねぇ建物の中にいた。ここも宿、か……? 窓の外から、さっきの酒場が見える。
神父様は、オレの腕の中で眠そうにしている。頭を撫でると、心地よさそうに目を細めた。誰か助けて、可愛すぎてつらい。
「ここから亜空間を介して見ていたんだけど……相手の出方が予想外だったね。でも、上手く切り抜けてくれてよかった」
変態野郎は平然と語り、何も無いところを撫でて「ありがとう」と話しかける。
マルティンは青ざめながら、自分の腕を摩 っていた。
「ねぇ……何なのよ、あの空気……仕込みは一人だけで、あとはただの一般市民なのよね……?」
……ああ、そうか。マルティンは知らねぇのか。
群れた「普通のヤツら」がどれだけ怖いのか。
「煽動が上手かったからね。魔女狩りのような熱狂だったろう? よくあることさ」
「あんな状況がよくあることですって……?」
「ああ 、僕の妻にも『ああいうの』を経験した子は多いよ。……きっと、そこの彼もね。酔ってて良かった。まともに意識があったら、呪いも加わって心を潰されていたかもしれない」
マルティンは目を見開き、「そう……」と俯いた。
「君は、常識はあっても世間を知らないからねぇ。特殊な家系 だから」
「……あんたに世間知らず呼ばわりされるなんて、心外ね」
ふん、と鼻を鳴らし、マルティンは再び酒場の方を見る。
どさくさに紛れて変態野郎も神父様の頭を撫でようとするけど、神父様は嫌そうな顔で小さく唸り、オレに抱き着いた。
堪らず押し倒すと、首に手を回してまたキスしてくる。もう無理。抱く。
「ヴィルくんのこと犬っぽいって思ってたけど、コンラートくんもそれなりに犬だね」
「止めなさいよ!?」
「止めなくて大丈夫だよ。もう手は打った。さっきのどさくさに紛れて、僕の妻の一人をオットーに憑いて行かせることができたからね。あとは僕達の仕事だよ、フラテッロ。君の拳銃 の腕前を見せる時さ」
変態野郎はヘラヘラと笑いつつ、「後で混ぜてね」なんて言ってくる。誰が混ぜるか。
「じゃ、あとはご自由に」
「ああ、もう……。ちゃんと片付けはするのよ! ……こっちもきっちり片付けておくから」
あとは二人が殺ってくれるらしい。
良かった。作戦通りとは行かなかったが、どうにか決着が付けられそうだ。
「後テオドーロ! わたし、銃はスコットアンドウェッソン以外を使う気はないわ」
「どの会社でも同じだろう? ヴァレッタ社も有名だよ」
「ぜんっぜん違うわよ! 良いこと? まずグリップの握り心地が……」
二人の声がドアの向こう側へと遠ざかる。
ドアの閉まる音より前に、赤く色づいた肌に舌を這わせた。
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