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第9話

新しい学校には新学期から行くことになっていた。 今までの友達にはもう会えなかった。 オメガになったと言うのが辛くて。 もう少年でもベータでもない、アルファの番になるための存在になったのだと。 興味本位で身体のことも聞かれたくなかった。 ベータの少年達の性にたいするあけすけな感じは、おなじ少年だった頃に知っていたからこそ。 かと言って家に閉じこもっているのも。 腫れ物に触るかのように気を使う両親。 姉でさえ、どこかとおい。 1人で外出しないように、との注意喚起を受けいたのに図書館に向かってしまった。 両親や姉にわざわざついて来てもらうのも、煩わしかったのだ。 さっさと新しい学校が始まってしまえば良いと思っていた。 だって、ユキ先生には会える。 ミサキは毎日他愛のないメッセージをユキ先生に送っていた。 それに優しい言葉が返る。 ミサキはそれに浮かれていた。 今のミサキに心を許せるのはユキ先生だけだったのだ。 ユキ先生に会いたいと思いながら、図書館にむかう。 図書館は近くで。 本当に近くだから問題ないと思った。 面白そうなSF小説を借りて、帰る。 ほんの30分にも満たない時間のことだった。 だが。 家まであと少しのところで、ミサキは気付く。 ずっと車が自分について来ていることに。 一人で歩くな。 その意味。 まだ転化したばかりのオメガは筋力も弱く、精神的にも知識も子供なのだ。 転化した段階でもう人間を凌駕するアルファとは違う。 そして、まだ学園に行く前のオメガには番がいない。 つまり、この段階のオメガは無力なのだ。 転化して1年もすれば、ベータの男数人がかりでも、オメガ一人に適わなくなる。 オメガもまたアルファまでではなくても、人間を超えているのだ。 だが。 今のミサキは。 オメガであっても、アルファとセックス出来ても、まだ子供と変わらなかった。 そして。 オメガに執着するベータもいて。 そういう連中は、この時期のオメガを狙うのだ。 極秘なはずのデータをどこかで手に入れ、チャンスがないかとつけ狙う。 だから。 「一人で出歩くな」とセンターで教えられたのに。 ミサキは走った。 家はすぐそこなのだ。 だが車から飛び出してきた男も走った。 そして。 ミサキは肩を捕まれ引き倒され、口に何かを当てられた。 オメガに普通の薬物は効かない。 アルファ以上に肉体は強い。 だが、ミサキの意識は朦朧とした。 特殊な薬だった。 明らかに「オメガ」を狙った犯行だった。 ベータ達にとっても、「オメガ」は羨望なのだ。 支配者アルファの為に存在するオメガは。 美しい、そして凄まじい快楽を与えてくれるという、オメガの肉体が。 アルファが恐ろしいから表立っては売られてないが、オメガを扱ったポルノは非合法でたくさん出回っている。 本当のオメガが出ているものはほとんどないが。 それは確実にアルファに潰されるからだ。 だが、それはオメガへの妄想を掻き立てて、ほぼ目にすることもないオメガへの欲望を喚起する。 それがまだ転化したばかりのオメガを狙う者を生む。 未熟なオメガ達なら相手なら逃げ切れるとした上での卑劣な犯行だった。 嫌だ。 ミサキは思った。 絶対に嫌だ。 アルファだろうが、ベータだろうが、嫌だ!! ミサキは朦朧としながら、それでも暴れた。 爪を立て、手を振り回し、噛み付いた。 それでも、どんどん意識が遠くなる。 何度も殴られた。 それでも暴れた。 「暴れやがって!!」 その良く見えない何かが言っているのを聞いた気がした。 指の肉を噛みちぎってやった。 とうとう意識が無くなる前に。 声がした。 「何してやがる!!」 低い唸るような。 誰もが震えるような声。 でも。 同時に何か良い匂いがした。 とても良い匂いで。 何故か安心してミサキは気を失ったのだった。

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