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第12話
「怖がらせる気はなかった。ただ・・・無事かどうか確かめたかったんだ」
手で口を塞がれ、早口で言われた。
その金色に光る目は恐ろしいのに、大きな身体もこわいのに、でも、匂いが。
良い匂いで安心出来て怖い。
アルファのフェロモンはオメガに誘発されないと出ないはずなのに。
カプセルがあるからミサキのヒートは起こらないはずなのに。
匂いになんだかぼんやりした。
叫ばないと分かるとアルファはすぐミサキの口から手を放した。
「悪い。どうしても会いたかった。ああ、良い匂いだな・・・違う、なんでだよ、違う・・・」
アルファは混乱しているようでもあって。
その狼狽えぶりにミサキは少し落ち着いた。
害意はない、のだ。
そう、基本アルファはオメガを襲わない。
傷つけたがらない。
むしろ保護欲求を本能として持つ。
だからこそ、オメガを襲ったベータを虐殺したのだ。
無罪放免なのはアルファだからだろう。
この世界はアルファのもの。
それに人間、ベータとは違ってアルファの倫理は比較的に高いのだ。
ただ、欲求を満たすためだけにオメガを襲ったりはしない。
ミサキはそう教えられたことを思い出して少し落ち着いた。
「出ていって」
要求した。
アルファの顔がくしゃっと歪んだ。
子どもが泣くみたいに。
強面の顔がそんなになるのはオドロキで、ミサキは目を見張った。
本当にこのアルファは、若いのだ。
ミサキと変わらないのかも知れない。
アルファ達は普通の少年からひと月ほど前の身体を作り替えられる期間を得て、転化する。
それは孵化と呼ばれる。
全く違う身体に変わるのだ。
ほぼ大人のような姿になる。
アルファ共通の知識等、大量の情報も脳に刻まれている。
必要なことはもうその時点で得ているため、アルファは孵化した段階で大人扱いなのだが、でも。
経験の少なさは行動に出る。
このアルファは。
まだ少年だ。
とても若い。
恐らく転化、いや孵化して間もない。
アルファなことにまだ戸惑っていて、それはオメガになったばかりのミサキとおなじだろう。
「嫌わないでくれ」
深い低い声が言う。
金色の獣の目が震えている。
不意にミサキは相手が同じ子供であることに安心した。
「嫌うも何もないけど、出ていって」
ミサキは思ったまま言った。
「でも、助けてくれてありがとう」
それは心から言った。
その相手が殺されたことには恐怖を感じていたけれど、でも感謝はしていた。
ミサキに酷いことをしようとしていたのだから。
「心配だったんだ・・・ちゃんと寝れてるかとか、怖がってないか、とか」
力無い声。
それにミサキはどんどんホッとする。
同じ、子供。
同じ。
「大丈夫だから・・・でも怖かったからこんなことはしないで」
ミサキの言葉にアルファは頷いた。
何度も何度も。
そして言う。
「嫌わないで欲しい」
震える金色の目。
こんな大き生き物が自分に嫌われたくないと怯えている。
不思議な気分だった。
「嫌わないけど、こんなことはしないで」
ミサキは言った。
また何度も何度もアルファは頷く。
首がもげるんじゃないかくらいに。
「出ていって」
ミサキは言った。
アルファの匂いと視線にまた不安になるから。
アルファは嫌われてないことに安心し、でも出ていけと言われたことに悲しんで、何とも言えない顔をしていた。
それは昔飼ってた犬のことを思い出させて、ミサキは少し笑ってしまった。
躾のため沢山叱った後の犬みたいだ。
ミサキの笑顔にアルファは息をのみ、金色の目に飢えと憧れを滲ませた。
それがまた不安を呼び起こして、また怖くなって、ミサキは布団を被ってアルファの視線から逃れた。
「俺はアキラ。また、会おう」
アルファは言った。
ミサキは布団の中で縮こまる。
このアルファは自分を望んでいるそれがわかった。
番にしたがっていると。
それが怖かった。
ミサキはまだオメガだということを受け入れきれないのに。
アルファが自分を欲しがっていることが怖い。
布団の中から目だけを出して窺うようにアルファを見張る。
そのミサキの様子にアルファは困ったように頭を掻く。
苦い表情。
苦しそうな目。
ミサキの今の拒絶がそうさせたのだ分かる。
「会いたい。会いたいんだ。それだけなんだ。その、それだけ、それだけ」
アルファは苦しそうに言うと、音もなく姿を消した。
開いた窓から外へ、フワリと飛んで。
ここは4階で。
アルファという生き物の身体能力の凄まじさをミサキは思い知らされた。
そして、あのアルファは。
オメガとしてミサキを欲しがっている。
それは。
ミサキにはただただ恐ろしかった。
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