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第36話
「黙っててくれるだけでいいから」
シンはミサキの頭を自分の胸に押し当てながら囁いた。
ミサキはされるがままになってしまった。
分厚いシンの胸が頬にあたって真っ赤になる。
「ごめんね、でも、本当に何もしないから」
優しい声で、そして困ったように言われて、ミサキは固まってしまう。
近付いてくる数人のアルファの声が聞こえる。
とても怒っているのが分かる。
ミサキは震えた。
アルファの感情の波をオメガはまともに受けてしまう。
アルファの怒りの複数の波動は恐怖でしかない。
「大丈夫、あんたには何もしないよ、連中は」
宥めるようにシンが言い、ミサキを守るかのように抱きしめてくる。
シンのせいでこういう事態になってるのだが、それを忘れてしまうほど、その言葉も腕も優しかった。
「シン!!」
「てめぇ!!」
「見つけたぞ!!」
アルファ達が声を上げていく。
3人の声。
アルファ達がこうやって群れるのは極めて珍しい。
アルファの行動は単独行動がほとんどであり、例外は自分のオメガだけなのだ。
番と子供。
それ以外はアルファは興味を示さない。
親や兄弟にはそれなりの感情を示すが、アルファになった時点で距離が出来てしまうのは事実だ。
それはアルファだけのせいではなく、アルファになってしまった子供や兄弟にたいする家族の変化もあるのだが。
しかし、アルファが群れてやって来るようなどんな真似をシンはしたのか。
ミサキは思わずシンを見上げる。
胸に頬をあてたまま見上げると、苦笑しているシンの顔が見えた。
「オメガの子達を3人一緒に可愛がってあげてたんだよね。そしたらその3人狙ってる連中が同時に踏み込んで来ちゃって。ちょっと人質になってくれる?流石にオレもアルファは3人同時に相手出来ないからさ。オメガなら4人相手でもいけるけど」
シンの言葉に呆れはてた。
そんなことをしたのか。
自分の想っているオメガにそんな扱いをしたなら、アルファ達は許さないだろう。
一対一でやり合うことを好むアルファだが、頭に血がのぼっている今、協力しているという意識すらなく、一緒になって攻撃してくることは確かだった。
流石のシンも、たとえ一人ずつ来たとしても3人のアルファを相手にするのは分が悪すぎる。
それにしても、3人のオメガを同時に?
バカなのか。
ミサキの目からシンは正確に考えと軽蔑を読み取った。
「バカだったよ。でも今回は3人から同時に誘われて、調子に乗ったんだ。じゃあ一緒にする?って。いや、バカだったよ。本当に」
シンは天を仰いだ。
その結果がコレ。
自業自得だ。
アルファ達が狙ってるオメガを「遊び」に使っているだけで危険すぎるのに。
アルファ達が今のところ踏みとどまっているのは「オメガにアルファを選ぶ権利」があるからだけだ。
愚かすぎる。
そうミサキは正直に思った。
殺されたとしても、アルファ同士のことは学園ではなかったことになる。
本当にバカだ。
「だからさ、助けてよ」
シンは悪い男の顔で笑った。
何故かミサキの頬にまた血が上る。
なんで?
なんで?
酷すぎるだけの男、アルファじゃないか。
いや、アルファは関係ない。
こんな酷いアルファはいない。
アルファなら一人のオメガを求める。
これはアルファじゃなくて、酷くて狡い、ただの男だ。
「助けてよ。お願い」
悪い男の笑顔は。
どうしようもなく魅力的だった。
思わず見惚れてしまう程に。
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