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第39話

甘く切ない想いに浸っていたミサキは、ゾクリとした寒気を感じて目を上げた。 もうすっかり暗くなったベンチの周りに、何かが燃え立つように立っていた。 あまりにも激しい感情が、ソレを燃やしているかのように感じさせるのだと、その時にはミサキには分からなかった。 ただ悲鳴をあげたのは、ぶつけられる感情があまりにも激しすぎたから。 オメガはアルファの感情をうけとってしまう。 あまりにも激しい熱。 炎。 焼かれて炭になるような。 こんな感情、持ってる側も焼き付くされてしまう!! ミサキはそんな感情を持っていられることに怯えた。 それは熱であり、強すぎる光であり、焼き尽くすものだった。 見なくてもわかる 誰なのか。 「アキラ・・・」 ミサキは呟いた。 アキラは学園を離れていて、中々戻ってこれないはずなのに。 戻ってきたのだ。 もちろんアキラが公共のバスなどという手段をつかうはずが無い。 何かしらの方法で、かなりの距離を超えてきたのだ。 アキラはゆっくりベンチに近寄ってくる。 それがとても恐ろしかった。 アキラの中の感情がアキラ周りを発光させているようにミサキには見えた。 ゆらゆらと揺れる、炎のように。 こんなモノをアキラは自分の中に押し殺していたのだ。 それまで向けられていたと思っていた思いが、隠していた思いのほんの一部であったことをミサキは知る。 金色の目が青い夕闇の中で光る。 夕暮れの狼のよう。 「来ないで!!」 ミサキは言った。 だけど。 アキラは止まってくれない。 いつもなら止まってくれるのに。 ミサキを見つめる金色の目が、瞬きさえしない。 「ダメだ」 深い低い声が響く。 その声は先程の獣化したアルファ達のうなり声にも似ていた。 でもあの時のアルファ達の怒りはミサキに向けられたモノではなかった。 でも、今。 アキラが怒っているのはミサキだ。 怖い。 何より、そこにあるのは怒りだけではない。 欲望が潜んでいる。 「・・・シンはダメだと言っただろ・」 アキラが唸る。 獣の声だ。 ミサキはベンチの上で震えた。 アキラが怖くなかったことなどない。 嫌いになれはしなかった。 淡い好意はある。 ゆっくり育ってきた感情だ。 でも。 怖く無かったことなどない。 そして同時に、身体の奥が疼いていた。 アキラの欲望にミサキの欲望が共鳴している。 「来ないで・・・」 身体を自分で抱きしめながら言う。 震えているのは、恐怖からだけでないのことこそが恐ろしい。 「シンは・・・ダメだ。ダメだ、ダメだダメだダメだ」 アキラは壊れたように繰り返しながら、ゆっくり迫ってくる。 ミサキは逃げられない。 身体が竦んで動かないのだ。 アルファの圧だ。 しかも上位の。 オメガの本能がアルファが欲しいとミサキに告げる。 オメガになって一度もアルファのペニスを与えられていない孔が、アルファが欲しいと疼きだす。 他のオメガ達が、番にされる危険を犯してまでアルファとセックスする理由がわかる。 アルファがオメガを欲しがるくらい、オメガもアルファが欲しいのだ。 アルファなら誰でも良い、とオメガの身体が言う。 でも、そんなの嫌だ、とミサキの心が叫ぶ。 「シンじゃないなら・・・いや、ダメだダメだダメだ。ダメだダメだ」 ゆっくり、巨大な翼のような影を背負いながら、目の中にその中で燃える炎を覗かせながら、アキラは小さく丸くなったミサキに覆い被さる。 それでもまだ身体は触れてない。 腕と身体で囲い込まれてしまっているけれど。 「あんなヤツがお前に触れたなんて!!」 アキラは絶叫した。 それは獣の咆哮だった。 山に響くその声は、学園にまで届いたはずだ。 でも。 誰も来ないだろう。 どうせ、みんな知ってる。 ここにミサキがいて、アキラがそこに向かったこと。 アキラがどうやってかミサキとシンが接近したことに気付いて慌てて帰ってきたことも。 でも誰もアキラを止めない。 アキラは上位のアルファだから。 そして、アルファがオメガを無理やりどうかすることはない、とされているから。 唯一止めてくれそうなユキ先生も。 今日はいない。 街での仕事に向かってる。 それに行為が始まってしまったならアルファとオメガを止めることはユキ先生はしないだろう。 始まったなら、アルファもオメガもそれに狂うから。 止める方が危険になる。 「ダメだダメだダメだダメだ!!!」 アキラは怒り吠える。 その声に震え、でも、アキラの熱に身体が反応して行くのがわかる。 「ダメ、ダメダメ・・・お願い・・・」 ミサキは懇願する。 したくない。 嫌だ。 アルファにオメガにされてしまう。 オメガ、アルファの欲望を受け止めるだけのモノ そんなの。 嫌。 嫌だ。 泣いて首を振るミサキに、アキラが止まった。 歯を食いしばり耐えている。 何かに焼かれるような顔で。 「どうして・・・シンなんだ。俺だって・・・」 アキラは唸る。 「シン・・・?」 ミサキは震えながらその名前を口にする。 何か何か、何かおかしい。 アキラがこんなに壊れた理由はその名前にある。 「ずっとずっと・・・オレの方が好きだったのに!!」 アキラはそう叫んで、ミサキの上に覆い被さった。 ミサキは悲鳴をあげた。 アキラの身体は。 炎のように熱かった。

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